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花嫁の失くしもの(4)

 








「――…っ?!」




パッと目を開ければラオが静かに見下ろしていた。




「…リア。」




見上げた先にある紅い瞳は真っ直ぐに見つめ返してくる。


強い光を湛えた瞳にどうしようもなく気持ちが溢れてきた。




「ラオっ!!」




思いのままにその漆黒を纏った体へ抱き付けば、驚きの声を上げながらもしっかりと抱き留めてくれる。




「リアっ、記憶が戻ったのか…っ?」


「えぇ!…あたしを誰だと思ってるの?魔族を統べる王の花嫁よ?」


「っ!」




ガバリとそれこそ圧し掛かられるように今度はラオが抱き締めて来る。


包み込むように腕の中に押し込まれ、あたしはもう一度その背中を少し強いくらいに引き寄せる。


大きな体が微かに震えているのを感じて、あぁラオにもツラい思いをさせてしまっていたんだと胸が苦しくなる。


ただいまと呟けば、お帰りと囁かれ、額にキスが落ちた。


記憶を失くしていた間のこともしっかり覚えている。


この世界のことを全部忘れてしまったあたしを、それでもラオは見捨てないでくれた。


ありがとう、ラオ。それから…




「思い出したわ。あたしに毒を盛った相手のことも。」


「っ、それは誰だ?!」




バッと体を離し、かなりの剣幕で聞いてくるラオに苦笑が漏れる。




「――…シェリル嬢の侍女。」




でも考えてみれば彼女が一番可能性が高かったと思う。


許婚を奪われ、挙げ句城から追い出され、門を通る事すら許されなくなったシェリル嬢。


本当にラオのことを愛していたのかは知らないが、彼女はさぞや傷付いたに違いない。


邪魔なあたしを消そうとするなら人の多い夜会はまさに打って付けだったのだろう。


…どこの愛憎ドラマよ、コレ。


あたし自身は彼女のことをそんなに嫌ってなかっただけに、結構へこむわ。


無言で踵を返そうとしたラオを、服の裾を掴んで引き止める。




「ちょっと待って、どこに行くつもり?」


「決まっているだろう、あの女の所だ。」




全身から不機嫌オーラを出しているというか、殺気立ち過ぎているラオが行ったらどうなるか目に見えている。


絶対シェリル嬢は生きてはいられないだろう。


だけどそれだけはさせたくなかった。


別にラオに殺させたくないとか、そういうのじゃなくて。


あたしのせいで誰かが死ぬなんて後味の悪いことは嫌いだから。




「分かった、シェリルたちを城に呼んで。あたしも話がしたいのよ。」


「だが…、」


「ラオに任せたら首でも刎ねちゃいそうな勢いじゃない。…キアラン、お願いね。」


「では直ぐにでも御呼び致します。」




スッと傍に来た側近が恭しく頭を下げた。


それから心配かけてごめんと言えば、ふっと柔らかな笑みが返される。


素早く踵を返してダンスホールを出て行った側近を見送り、ラオは貴族たちに「帰っても夜会を楽しんでも構わない。好きなようにしろ。」なんて言ってあたしにまた抱き付いてきた。


とりあえず視線が痛いから部屋に行こう。


ラオに瞬間移動(テレポーテーション)を使ってもらい一瞬で移動する。


こうやって移動するのはすごく久しぶりな気がした。


記憶を失っている間、ラオはあまりのこの力を使わず、体が万全でなかったあたしを気遣って歩いてくれていた。


ふわっと浮遊感が消えれば寝室ではなく謁見の間にいた。


ラオが玉座に座り、なんでかあたしは膝の上に抱えられている。




「こら、ラオ!下ろしなさい!!」


「ヤだ。」


「そんな可愛く言ってもダメったらダメ!」




プイとそっぽを向いて嫌々するラオの腕を叩くと、渋々ながらに放してくれた。


けれど手は離してくれずにキュッと握り締められる。


ちょっと強めに握り返せば嬉しそうに紅い瞳が細められ、指にキスをしてくる。


こういうことを平然とするからラオと一緒にいると時々心臓が壊れてしまうんじゃないかと思う。


ワザとではなく無自覚でやられてる分すごく性質(タチ)が悪い。


やがて玉座の背後の垂れ幕から音もなく側近が滑り出てきた。




「王、マクファーレン嬢が御越しになられました。」




随分早いなと思ったが、三大貴族の各屋敷にはそれぞれ城へ通ずる魔術の魔法があるとか言っていたのをぼんやりと思い出す。


それって歩かなくてもいいのよね。便利だわ。




「…通せ。」




マクファーレンと聞いた瞬間、ラオの声が一気に低くなる。


マクファーレンは確かシェリルの家名だったはずだ。


などとあたしが思い出している間に謁見の間の扉が開き、ドレスを身に纏ったシェリル嬢と侍女が静々と歩みを進めてくる。


だが、突然ラオが止まれと制した。


普通よりもやや離れた距離でピタリと立ち止まった二人を冷たく見つめ、ラオはそれ以上近付く事は許さんと硬い声音で言い放つ。


殺されかけた本人のあたしよりもラオの方が頭にキてるみたいね。




「魔王陛下にはご機嫌麗しく――…」


「ほう?此れが麗しく見えるか?」




ドレスの裾を摘み、頭を下げたまま挨拶を述べようとしたシェリル嬢の言葉を遮ってラオが目を眇める。


玉座の肘置きに肘を付けて頬杖をし、足を組んでいる姿はまさに魔王。


特に口元は若干上がっているのに目が全く笑っていない辺りはヤバいと思うわ。


シェリル嬢の傍に控えている侍女の顔を見て確認する。


やっぱりあたしに毒を盛ったのは彼女で間違いないわね。


ラオは相変らずあたしの手を掴んだまま二人に言う。




「何故呼び出されたか分かるだろう。」


「…一体何の事でしょうか?」


「空々しい真似はよせ、‘オリヴィア=シェリル=マクファーレン’。」


「っ…。」




ラオがシェリル嬢のフルネームを呼んだ途端、細い肩がビクリと跳ねた。


傾きかけた体を支えようと侍女が手を伸ばすもラオは更に言葉を重ねる。




「動く事は許さん、‘ポーラ=エルランディーロ’。」


「っ、畏まりまして…。」




ギシリと侍女の体が固まる。


シェリル嬢の体が床に倒れたが侍女はそれでも動かず、唇を噛み締めるばかり。


訳が分からずラオを見れば、紅い瞳があたしの方へ向く。


それだけで氷のように冷え切っていた瞳は柔らかな光が灯り、大きな手が優しくあたしの手を擦る。




「何したの?今。」


「何て事は無い。人間であろうと魔族であろうと、名とは呪…魔力を込めて呼んで束縛したまでだ。」




名前は最も短い呪という言葉を元の世界で聞いたことがあった。


ここではそれを使って相手を拘束することもできるのね。


倒れたまま苦しげに眉を顰めるシェリル嬢と侍女を一瞥してから、ラオへ向き直った。







 

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