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花嫁の失くしもの(3)

 






大きな扉の前で深呼吸をする。


そんなあたしの様子をラオだけでなく扉の左右で警備している人まで心配そうに見つめてくるから、逆に笑ってしまった。


本人よりも周りがそんなに気を遣うなんてちょっと可笑しいじゃない?


笑って大丈夫だと告げればラオはしっかり手を握ってくれて、扉が大きく開かれる。


眩しいくらいの明るい光を灯すシャンデリアに一瞬見とれてしまった。


けれどラオが歩き出したのですぐにあたしも揃って歩き出す。


他よりも高いテラスのような場所に立てば下には驚くほど大勢の人たちがこちらを見上げていた。


そこには安堵の表情を浮べる人や、何だか不機嫌そうな人などそれぞれ異なる顔をしている。




「突然呼び出してすまない。先日の夜会でリアが倒れた事は周知の事実であるだろうが、今宵は我が花嫁の欠けた記憶を取り戻す為に行った。」




ラオの言葉に階下がざわつき出す。


聞こえて来る言葉はあたしが記憶喪失になったことへの驚きの声がほとんどだった。




「あの時を再現する。皆もあの日の行動を出来うる限り再現してくれ。」




そう言いながらラオがあたしの手を引いてテラスから階下へ下りて行く。


最初は誰もが戸惑うように互いの顔を見合わせていたけれど、ラオの様子を見て、それぞれが談笑に興じたりダンスを踊り出す。


もちろんダンスには美しい音楽も奏でられている。


ラオが踊ろうと言い出すがあたしは踊れない。


ダンスなんて踊ったことがないもの、無理よ。そう言ってもリードするからとダンスの輪の中に半ば無理矢理連れ出されてしまった。


足を踏むか転ぶかすると思っていた予想とは裏腹にラオにリードされるたびに自然と足がステップを踏む。


驚いてラオを見上げれば微笑を浮べてあたしを見下ろしていた。




「忘れても、体は覚えているものだ。」




そのままクルクルと踊り続け、心地良い疲れが訪れた頃、ラオと一緒にダンスの輪から外れる。


そうして傍にあったソファーに座らされた。


喉が渇いたと飲み物を頼もうとしてふっと一瞬だけれど視界が変わった気がした。


残像のようなそこにはあまり目立たぬ薄茶色の髪に同色の瞳の侍女が通りかかり、あたしの声が「ごめんなさい、何か飲み物を持って来てもらえるかしら?」と声をかけた。


そうして侍女が一度去っていくと、視界が元に戻る。




「リア、如何した?」




目の前にあったラオの顔に焦点が定まった。




「あ、うん…今、一瞬だけど何か見えたの。」


「何か?」


「たぶん、記憶だと思うんだけど…。」




少し頭が痛い。ガンガンという痛みではなく、じんわりとこめかみが鈍く痛むのよね。


無理はするなとラオの大きな手がサラリと髪を梳いていく。


目を閉じて奥底に沈んでいるかもしれない記憶を探ってみる。


侍女に飲み物を頼んだ後、何かあっただろうか?




「確かリアが飲み物を頼み、俺は貴族の下へ行くために離れたな。」




代弁するようにラオが呟く。


…そうだ、ラオが離れて行ったんだ。


それと入れ替わるように侍女が来て、グラスを手渡された。


中身は…淡いピンク色だった気がする。


自然と体がその時の動きをなぞるように腕が上がってグラスを掴む仕草をしつつ、目を閉じれば目の前に薄茶色の髪の侍女が立っていた。


やはり顔の部分だけはぼんやりしていて分からない。




「ありがとう。忙しいのにごめんね。」




そう言ったあたしに侍女の口元が微笑を浮べる。




――いえ、御気になさらないで下さい。




甘い香りが鼻孔を通り抜けたような気がした。


初めて感じた香りのはずなのに、心のどこかでそれは美味しかったと思う自分がいる。


そう、あたしはこの甘い香りのする飲み物を飲んだ。


爽やかに炭酸がシュワリと泡立つのを楽しんでいたはず。


グラスを傾ける仕草をすれば一層強く甘い香りが濃くなる。




「美味しい。…これ何ていうの?」


――エルーニャと申します。エルニという果実から作られたアルコールの入っていないものです。




アルコールを飲めないあたしのために、わざわざ用意されたノンアルコールの飲み物。


それに「そう。飲みやすくていいわね。」とあたしは上機嫌に笑う。


だがそこで侍女は別の貴族に呼ばれてしまい、申し訳なさそうにあたしを見た。


ここであたしは言った。




「邪魔してごめんなさい。あたしのことは気にせず仕事に戻って。」




見上げた先には驚いた顔をした侍女がいた。


閉じた瞼の裏に映る侍女の顔に、クラリとしてしまいそうな程頭痛が酷くなる。


まるで頭を締め付けられるような痛みに眉を顰めると温かな何かが額に触れた。


見なくてもこんなことをするのは一人しかいないことをあたしは知っている。ラオだ。


記憶に再び意識を向ければ侍女の顔が少しだけ鮮明になる。


茶髪も茶色の瞳も見覚えはない。


けれど、どこかで会ったことがある気がするのだ。


……一体あなたは誰なのよ?


侍女の顔が鮮明になっていくのに比例して頭痛が増す。


止めてしまいたいという気持ちを何とか無視しながら侍女の顔を見つめた。


霞がかかっていた顔の部分が段々ハッキリし、やがてその全貌が露わになり、瞼の裏にその侍女の顔が映った途端に様々な映像が流れて行く。


ラオ、側近、あたし付きの侍女、料理長、リヴィア、司書のおじいさん、城に働く人々、魔族の学校の理事長、元気な子供たち、勇者、シェリル嬢、セスさん、エミリア、朱色の髪の男……。


全部あたしが出会って来た人たちの顔と、彼らともやり取りが物凄い速さで頭の中に雪崩れ込む。


そこまで行くと今度は一気に流れが巻き戻り、ある場所まで戻るとピタリと流れが止んだ。


場面はシェリル嬢と初めて出会ったとき。


いけしゃあしゃあと笑うシェリル嬢が傍に控えていた侍女に声をかける。


その侍女が頷きながら顔を上げて――――…







 

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