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花嫁の失くしもの(2)

 






「夜会をもう一回開く?」




アフタヌーンティーを楽しんでいた時に己の考えを美緒に提案した。


毒を飲んでしまった際の苦しみと痛みの記憶を思い出したくないと言うのなら、行うつもりは無い。


しかし、予想していた通り彼女は頷いた。




「いいわ。やりましょう。」


「…良いのか?」


「もちろん。いつまでも記憶がないなんて嫌だしね。」




ニコリと笑う顔に不安の色は見られなく、無理している様子も感じられないが若干の不安を覚えてしまう。


美緒は元々気が強いせいかあまり負の感情を見せる事が少ない。


本当は不安に感じているだろう。


周囲は自分を知っているのに、自分は周囲の事が何も分からないのだから平然としていられる訳がない。


記憶を失ってから真夜中になると美緒は時々魘されるようになった。


何度も何度もうわ言で謝ってばかりいた。


起しても本人は夢の内容はさっぱり覚えていないようだったが、感情だけは残されていたのか寂しげに笑う。


きっと美緒自身も記憶を取り戻したいのだろう。しかしそればかりを優先して彼女の心を傷付けては元も子もないのだ。




「そうか。ならあの時に招待していた者全員にもう一度手紙を書こう。」


「うん。ところで、招待してた人たちって何人くらいいたの?」


「さぁな、少なくとも二~三百は居たと思うが。」


「え、」




ギョッとする美緒に笑ってしまう。


記憶を失ってから気付いたのだが、美緒は気が強いながらも少し人見知りな部分がある。


正確に言うと大勢と対峙するのを嫌う傾向、という意味だが。


宥めるように頭を撫でれば硬直気味だった細い肩から力が抜ける。


あの時、このか弱い存在を失いかけたのだと思うと恐ろしくて堪らなくなる。


婚姻の儀を済ませれば美緒の体は今よりももっと頑丈になるであろうし、死なない訳ではないが毒で命の危機に陥る可能性も減る。


何より婚姻してしまえば大々的に彼女を自分のものだと主張できる。


もう暫く様子を窺おうかとも思っていたが本人も記憶を取り戻す事に乗り気な様子だ。


やるなら今しかないだろう。


美しい黒髪を指先で弄びながら、彼女にバレないようにそっと口付けを落としてみた。


















































あたしが記憶を失くしてから一週間と四日が経った。


ラオに‘夜会を再現しよう’と言われて思わず頷いてしまったけれど、本当を言うと怖くて堪らない。


招待した人たちを全員もう一度呼ぶということは、もしかするとあたしを殺そうとしたらしい人も混じっているかもしれないのだ。


もちろんラオのことを信じていない訳じゃない。


魔王で、一応恋人同士らしいし、婚約者でもあって契約者でもあるというんだから信用するしかないわ。


あの綺麗な紅い瞳に見つめられると不思議なくらい穏やかな気持ちになれる。


記憶を失う前のあたしは本当にラオが好きだったのね。


自分のことなのに何だか嫉妬してしまいそう。


口から自然と零れ落ちた苦笑に侍女から「動かないで下さいませ。」と注意されてしまった。


パタパタと髪を整えた侍女があたしの体を上から下まで見つめて微笑む。




「会心の出来ですわ!」




綺麗なドレスに化粧もして、髪もセットして、あたしはどこぞのお姫様なんじゃないかと思える姿になっていた。


夜会でもこの格好だったらしいけれど自分の顔じゃないみたいで少し落ち着かない。


鏡の前でドレスを眺めていると扉がノックされる。


侍女に頷いて入室してもらえばラオが扉から入って来て、あたしをジッと見つめてきた。




「…何度見ても美しいな。」




なんて気障な言葉を真顔で言うもんだから恥かしくて仕方がない。


現代の男がこんなこと言おうものなら鳥肌ものなのに、ラオが口にするとビックリするぐらい様になっている。


だからこそ心臓に悪いのだけれどきっと本人は気付いていないと思う。


手を差し出されて、その上にそっと自分のそれを重ねればフッと微笑を浮べてエスコートするように部屋から連れ出された。


後ろで侍女が小さく黄色い声を上げていたのは気付かないフリをしておこう。


広い廊下を歩き、一歩ずつダンスホールに近付くたびに足が震えてきた。


……怖い。


その感情に気付いてしまうと足がピタリと動かなくなってしまう。




「リア?」




突然立ち止まったあたしを不審に思ったのかラオが顔を覗き込んでくる。


紅い瞳に映ったあたし自身の顔は馬鹿みたいに情けなくて、今にも泣きそうな表情だった。


ラオは一瞬目を見開き、それからギュッと抱き締めて来る。


大きな腕に包まれると酷く安心する。




「恐ろしいのは仕方の無い事だ。其れを隠す必要は無い。…俺が傍に居る。」




小さな声で絶対に離れないからと囁かれ、低い声に体から力が抜けていく。


顔を上げてラオを見てみると苦しそうに眉を寄せており、あたしよりも不安げに見えた。




「ありがとう、ラオ。……もう、大丈夫。」


「本当か?無理をしていないか?」


「平気。だって一緒に居てくれるんでしょ?」




力強く頷いてくれるラオに自然と笑みが浮かぶ。


思い出してあげたい。思い出したい。


こんなにも一途に愛してくれる人を忘れたままなんてイヤだ。


再度繋がれた手にほんの少しだけ力を込めながら真っ直ぐに前を見る。


…絶対に記憶を取り戻してみせるわ。


そうしなければ本当の幸せなんて掴み取れないじゃない。






 

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