甘い毒牙(8)
夜会まで後三日と近付いた日、あたしは大切なその日に着るドレスの合わせをすることになった。
何十種類もの色とデザインのドレスがあって、それらを着て大きさなんかを合わせるらしい。
客間に所狭しと置かれたドレスの量に一瞬気が遠くなったのは仕方ないと思う。
白に始まりピンクや黄色、オレンジから青、緑、紫など多種多様な色とデザインで作られたドレスにはちょっと気が滅入ってしまった。
「…これ全部試着するの…?」
そんなことをしていたら日が暮れてしまいそうだわ。
思わず口元が引きつってしまったあたしを見て、仕立て屋の女性がクスクスと笑った。
「いえ、色を決めてからデザインと寸法のために何着かは着ていただきますが、全部ではございませんよ。」
「よかった。」
「ふふっ。リールァ様はドレスがあまりお好きではおられないようですね。」
心底ホッとしたという風に胸を撫で下ろしたせいか女性はそう言った。
服は好きだけどドレスはあんまり好きじゃない。
裾が長過ぎて邪魔だし、転びそうだし、ゴテゴテとしたフリルやレースなんかも動きにくくてしょうがない。
もっとシンプルでサッパリとしたものならば別だが。
その旨を伝えれば女性は「ではそのような物に致しましょう。」と頷いてくれた。
それから小さな声で、
「私も床を引きずる程の裾や付け過ぎのフリルなどは好みではありませんよ。」
と仕立て屋らしくないことを言うものだから噴出してしまった。
横で侍女が咳払いをしたのであたしは慌てて背筋をピンと伸ばす。
でも侍女も若干笑っているからやっぱりまた笑いが込み上げてきた。
「さて、お喋りはこの辺りにしておきましょう。いい加減ドレスを決めませんと王が痺れを切らして此方へいらっしゃるかもしれません。」
侍女の言葉にそうねと頷いて色を決めることになった。
あたしとしてはピンクや黄色、オレンジ系の色合いは得意じゃなかったし侍女や仕立て屋もあまり勧めて来なかったのでそれらは外す。
白は?と聞いたあたしに「白は婚姻の儀まで取っておきましょう。」とニッコリ笑顔で断られてしまう。
そもそも女性が白を身に纏うのは婚姻の儀や出産祝いなどの時だけらしい。
「紅はどうでしょうか?」
「え、紅はちょっと…その持ってるドレスでしょ?」
「えぇ。」
深紅の毒々しいドレスは勘弁願いたい。
断ったあたしに侍女が酷く残念そうに肩を落とした。
ちょっと申し訳ないけれどさすがに紅いドレスは…それによくよく見てみれば背中と胸元がガバッと開いているじゃないか。
そんなもの着た日には恥かしくて人前に出られない。
「ねぇ、黒はない?」
「黒…ですか?」
「うん。あたし黒好きだし。」
「暫しお待ち下さい。ええっと、確か…、」
ドレスの山を掻き分けるように女性がごそごそとドレスを探す。
色取り取り過ぎて目が痛くなりそうなその山の中から数枚の黒いドレスが出て来た。
が、どれもレースやフリルがたっぷり使われていて、げんなりしてしまう。
いっそのことマーメイドドレスっぽいのはないのかと溜め息を飲み込みながらドレスを指差した。
「黒はそれで全部ね?」
「はい。少なくて申し訳ありません…黒を着られる方は王族の方のみでして、今代の王家に女性はいらっしゃらないものですから。」
並べられたドレスを眺めていく。
一番フリルやレースの少ないドレスをそこから選び出す。
肩は出ているけれど肩口にレースで作られた大きなバラが並んでいてあまり胸元は見えない。
背中も他のに比べれば幾分かマシだろう。背骨にそって少し見える程度だ。
何十にも重ねられたレースのスカート部分はふんわりと広がっている。
試着してみると思ったよりもスカートが邪魔なのがいただけない。
「まぁ、とってもお似合いですわ!」
「リールァ様は肌が白くていらっしゃるから黒がよく映えますのね。」
キャッキャとあたしを見て喜ぶ侍女と仕立て屋には悪いけれど、このドレスはちょっと微妙だ。
「ねぇ、これあたしの好きなようにしてもいいかしら?」
「勿論でございます。此処にあるものは全てリールァ様のためのものですから。」
許可を取ると躊躇うことなくあたしはレースのスカートに手をかける。
ビリビリと音を立てながらレースを引き剥がし始めれば、侍女も仕立て屋もギョッとした顔をした。
けれど止められなかったので、そのまま何枚も破り捨てると膝上十センチくらいになる。薄いレースが後ろから広がって尾羽のようにふんわりと広がっている。
取ったレースはシュシュのようにして手首や足首につければ可愛いと思う。
「どう?」
クルンと一周回ると後ろへ伸びた羽のようなレースがふわりと後を引く。
あ、レースを着物の袖みたいにしたらもっと可愛いかも!
「とても斬新なドレスですわ、でもとっても可愛らしい!」
「ですがこんなに足を出してしまってよろしいかしら?」
「え、やっぱり足出しちゃいけないの?」
「えぇ、結婚を済ませた方なら構いませんが…。」
でももうあたしはラオと結婚するって決まってるし、いいんじゃない?
そう言えば困ったような、けれど少しだけ納得しているような顔をして仕立て屋と侍女が顔を見合わせた。
どうしましょうと話し合っていれば客間の扉がコンコンとノックされる。
サッと素早い動作で仕立て屋が大きな上着をかけてきて、あたしの体は首元から足元まで綺麗に隠れてしまう。
それを確認した侍女が扉を開けるとニッコリ笑って丁度良い所にいらっしゃいましたわと来訪者を招き入れた。
真っ黒な髪に相変らず真っ黒な服と無表情な顔で入ってきて、小首を傾げる。
「丁度?」
「うん。ラオ、こんなドレスどう?」
かけられていた大きな布を脱いでドレスを見せれば紅い瞳が見開かれた。
ピキリと効果音がしそうなくらいな勢いで硬直したラオと、それに苦笑する仕立て屋と侍女。
そんなに足を出すのってマズいのかしら?
ラオ、と声をかけて目の前で手をひらひら振るとようやく我に返ったラオがバッと後退った。