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甘い毒牙(6)

 







今日一日はワルツの練習だけだった。


だけ、とは言ってもやはり踊り慣れていないものだから動きがぎこちなかったり、遅くなってしまったりと突っかえてしまった。


明日もあるから夜寝る前にもう一度練習しておこうかしら?


ラオにさっさと帰れと追い返されたリヴィアを見送って、ヒールで疲れた足を揉んで解していればやってきたエミリアに見つかり浴室へと連行されてしまう。




「慣れないダンスでお疲れでしょう?」




しっかり筋肉を解しませんと明日に響いてしまいますわ。


ニコニコ笑顔であたしは服を脱がされ、全身を洗い、髪を洗い、バスタブに突っ込まれる。


その間に他の侍女はマッサージの準備をしたり、あたしの髪を乾かして油を塗ったりと動き回る。


そろそろいいかなとバスタブから上がったあたしはそのままマッサージへ直行。


ちょっとお腹が減ってしまっているけれど、しっかりバッチリマッサージを受けることに。


侍女たちはとってもマッサージが上手で受けているうちにあたしは眠り込んでしまった。




「――…さま、リールァ様?」




優しく肩を揺すられて目を開けるとふんわり笑ったエミリアが視界に映りこむ。


いつの間にか着替えも済まされ、淡い色合いのワンピース姿になっていた。


寝る前ならまだしもこれから夕食があるので流石にネグリジェには着替えられない。




「…ごめん、寝ちゃってた…?」


「えぇ。ダンスの練習でお疲れなのでしょう、仕方ありませんわ。」


「でも明日もあるんだよね。」


「練習が終了するまでマッサージは欠かせませんね。」



クスクス笑ったエミリアの手に背を支えられながら起き上がる。


これ以上ラオを待たせていては悪いから、侍女に手早く髪を梳いてもらうと浴室を出た。


何時からいたのかそこにはラオが佇んでいて、出て来たあたしを見てフッと口角を上げる。


スッキリした顔をしているな。


…入浴もマッサージも済ませたからね。


疲れていた足なんて忘れてしまいそうになるくらいマッサージは心地良かったし。


かく言うラオとて入浴を済ませたのかラフなシャツ姿だった。


優しく大きな手が背に添えられたかと思えば一瞬で食堂に移動した。


椅子へ座り、ラオも座ると給仕の侍女たちがせっせと皿を手に来て夕食を並べては深々と頭を下げて食堂の壁際まで下がる。


何度見てもちょっと慣れない光景だわ。


食事の挨拶をして料理へ手をつける。


ラオも料理を食べ始めたけれど、すぐに食べ終えて、まだ食事途中のあたしの様子をジッと見つめてきた。




「ラオ、どうかしたの?そんな見られると食べ難いわ。」




あたしの言葉にラオは謝罪の言葉を口にした。




「あぁ、すまない。喜びの余りつい…、」


「? 何か嬉しいことでもあったの?」




普段無表情な魔王の喜色が浮かぶ顔に首を傾げてしまう。


ラオは目元を和ませて、あたしの髪に触れた。




「リアと婚姻の儀を行う日が待ち遠しい。一刻でも早く夜会を開いて、リアが俺の花嫁なのだと知らしめたくてな。」




そうして恭しい所作で髪にキスするラオに自分の顔が赤くなるのが分かる。


壁際にいた侍女たちの溜め息にも似た吐息が聞こえた。


お願いだから人前で何でもかんでも平然と言わないで欲しい。


嫌ではないけれど、恥かし過ぎて顔が上げられなくなってしまう。


そんなあたしの様子を知ってか知らずが、心底上機嫌に指先で髪を梳いたラオはどうぞと言う風に食事の続きを促した。


悪人面に浮かぶ艶やかな笑みを直視できないまま、あたしは食事を食べ終える。


侍女が皿を下げ、のんびり飲み物を飲み終えるとラオは手を握ってきた。


どうかしたのかと思う前にふわりと浮遊感が体にかかり、パッと視界が変わって寝室のベッドの上に二人揃って座り込んでいる。




「こら、いきなり瞬間移動(テレポーテーション)しない!」




注意してもどこ吹く風。大きな犬のようにあたしを抱き締めて首筋に顔をすり寄せて来る。


ラオはいつでも全身で好意を伝えてくるから、無理矢理引き離せない。


だってあたしだってラオのことが好きだもの。


好きな相手と触れ合うと、とても心がほっとする。


穏やかで温かな気持ちになれる。


本当に怒ってる訳じゃないって分かってるからか、耳の傍でラオの低い笑い声がした。




「美緒、そういきり立つな。」


「心臓に悪いわ。ビックリするじゃないっ。」


「ククッ…怒った顔も可愛らしい。」




紅い瞳で覗き込んできて、そんなことを言うラオ。


あぁ、もう、本当に勘弁して。あたしの負け。


恥かしくてラオの口を手で押し留めてみても、喉の奥で笑いながら優しく外されてしまう。


そうして労わるように指の一本一本にキスをして、自分の指と絡めた。


あたしと違い少し筋張っていて長い指は実は少し皮膚が硬い。


ほとんど見ることはないがラオは剣も扱えるらしい。


よく剣道などをしていると手にマメが出来るっていうから、きっとラオの手もマメなんかが出来て、治って、そうやって皮膚が硬くなったんじゃないかしら。


綺麗な外見だけれど男らしい手は、あたしの好きな部分の一つ。


この手に頭を撫でられたり、目元や頬を優しく指の腹で擦られると心が落ち着く。


もちろん全くドキドキしてないとは言えないが。


それでもこの手が絶対にあたしを傷付けないって分かってるから、しっかり重ねることも出来る。


関節一つ分くらい違うラオの手を眺めていれば額に柔らかな感触が触れた。


それがラオの唇だと気付いたときにはワンピースではなくネグリジェ姿になっていた。


手は繋いだままに、ラオがベッドへ寝転がる。


あたしも引かれてその上に転がった。


抱き締めて来る腕を拒否する理由なんてなくて、むしろ触れ合った部分から伝わる温かな体温に眠気が襲ってくる。


マッサージの途中で寝てしまっていたクセにあたしの体はまだ眠たいらしい。


何度も髪を梳きながら頭を撫でていく感触が余計に眠気を誘う。




「…今日は疲れただろう。もう休め。」




逞しい胸板に顔を寄せればトクリ、トクリ…とラオの心音が聞こえて来る。


規則正しいその音を子守唄代わりにあたしは静かに目を閉じた。






 

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