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魔王と婚約者の一日(3)

 






一時間半ほどかけて執務を終わらせたラオは相変らずの無表情で、けれど嬉しそうな雰囲気を漂わせてあたしと手を繋いでいる。


頑張って仕事を終わらせた魔王は側近から「会食まではご自由に御過ごし下さい。」と笑顔で許可を貰い、せっかくの良い天気だから中庭の庭園を散歩しようと誘ってきた。


特にこれと言った用事もなかったので了承したら、仲良くお手て繋ぎ状態というわけ。


通り過ぎる使用人たちの「御散歩ですか」という問いに何度も深く頷くラオ。皆、穏やかな笑みを浮べて今朝何の花が咲いただとか、歩くなら庭園のどこが見頃だとか色々と進言していく。


それを真面目な顔でふんふん聞いているこの魔王は変なところで素直だと思う。




「花は好きか?」




こてんと首を傾げて見下ろしてくるラオに軽く頷いた。


花は良い。綺麗だし、季節によって様々な種類があって飽きが来ない。


見ているだけで穏やかな気持ちになれる。


アニマルセラピーならぬフラワーセラピーだ。




「えぇ、とっても。綺麗な花って見てるだけで嫌な気持ちがなくなるもの。」


「そうか。」


「ラオは花なんて興味ない?」


「否、植物は好きだ。」




嘘ではないらしい。


何となく全体から楽しそうなオーラが出ているラオに促されるまま庭園へと足を踏み入れる。


植物独特の香りがふわりと体を包み込んだ。


合間を縫うように届く花の甘い香りは程好く、爽やかな気持ちになる。


繋いでいた手を一度離してラオの腕にあたしは自分の腕を絡め、隣に立つ。


チラリとコチラを見てから少し口角を上げた魔王はゆったりとした歩調で美しく整えられた花壇の花々を眺めていく。


綺麗な薔薇のアーチは庭師が毎日欠かさず手を入れているのだと教えてくれた。




「すごく綺麗ね。こんな素敵な庭園、元の世界にはなかったもの。」




素直に称賛すると後で庭師たちに伝えておこうと満足げにラオは笑った。


丁度時期的に今は淡い色合いの花が多いらしく、庭園に咲き乱れている花弁はどれも柔らかに個々を主張している。


これはどんな花、あれはどんな花と一つ一つ丁寧に教えてくれるラオと共に庭園を回っていく。危険だから触ってはいけないものなんかもキチンと教えてくれるので、しっかり頭の中に叩き込みながら相槌を打った。


広く迷路のような庭園を一時間ほどかけて歩いたけれど、恐らく三分の一も見切れていないだろう。


本当はもっと見て回りたかったけれど過保護なラオが「今日は日差しが強い。残りはまた今度に、」と言うので仕方なく諦めた。


確かに彼の言う通り日差しが強く、城の中に戻ると少しクラリとする。思っていたよりも体は熱を溜め込んでしまっていたようで、ラオの私室に戻ると温めの水を手渡された。


冷たい水が欲しいと言ったが冷たすぎるのは体に良くないと即座に却下される。


額に触れてきたラオの手は意外にも冷たかった。




「ラオ、あなたそんな真っ黒なのに暑くなかったの?」




首元までキッチリ留められた服に、足首近くまである重く長いローブのようなマント。見ているコッチが暑くて堪らない。


しかし本人は涼しい顔で「特には。」と言うのだから問題はないらしい。




「魔族は強い。多少気温が変化しても支障はない。」


「羨ましい限りね。あたしみたいに人間は暑過ぎても寒過ぎてもダメなのに。」


「…辛いか?」


「平気よ。少し暑いくらいだし、ここは涼しいから問題ないわ。」




心配そうに覗き込んでくるラオの額を軽く撫でる。すると猫みたいに気持ち良さそうに紅い瞳を細めて、あたしの手に頭を寄せてきた。


あたしより何百年も生きているクセに頭を撫でられるのが好きな魔王に笑みが零れる。


クスクス笑っていると、彼も嬉しそうに口元を緩めた。


暑いからと珍しくアイスティーをラオが淹れ、水のコップと交換された。キラキラと光を反射させる硝子コップは表面がデコボコとしていて、持ちやすい造りになっている。


一口飲むとサッパリとした味が口の中に広がった。


後からほんのりとした甘みが香ってくる。




「美味しい。」




褒めるとホッとした表情であたしの隣に座った。


まるで壊れ物を扱うように優しく手を握られ、ジッと見つめてくる。


魔族と人間の体は耐久性においても全く異なる。もし本気でラオがあたしを抱き締めたりなんてしたら、あたしは全身複雑骨折になってしまうだろうし、下手したら死ぬ。


そのせいかラオは何時も細心の注意をしながらあたしに触れる。


たまに、そこまで気を遣わなくてもと思うくらい優しく触れてくる魔王は、あたしだけしか知らない魔王で、それにちょっとだけ優越感を覚えるたりもした。


力で捻じ伏せることも出来ただろうに、彼は常にあたしと真摯に向き合ってくれる。


そういうトコロは素晴らしいし素敵な人だなとは思うのだけれど…、




「…もっと、」


「はいはい。」




あたしの手を掴んで自分の頭に乗せる魔王は、どちらかと言うと小さな弟みたいに見えてしまって、可愛いとは思うがその気持ちが恋愛感情に変わるかと聞かれたら困ってしまう。


ちょっと固い髪を指先で梳きながら大きな頭を撫でれば、うっとりとした様子でラオは目を閉じた。






 

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