甘い毒牙(5)
「心配しなくても耳を塞ぎたくなっちゃうようなことはしてないから、安心してよ。同族だし、リールァ様の優しさを無駄にしたりしないからさぁ。」
「そう…ならいいけど。」
それでも内容は教えてはくれないらしい。
笑ってはぐらかしてしまうリヴィアに溜め息を一つ零してから、気持ちを入れ替える。
「あなたがいるってことは、ダンスを教えてくれるのはあなたなのね?」
「うん。オレってば結構ダンス上手いんだよー?」
「なら早く始めましょう。綺麗に踊れるよう練習しなきゃいけないもの。」
あたしの言葉にリヴィアは一度目を丸くして、それからふっと何時もの軽い笑みとは違う柔らかな微笑を浮べた。
本気なんだね、リールァ様。
そう呟くと一度手を叩いて空気を払拭させたリヴィアとのダンスレッスンが始まった。
独特な三拍子を元にして踊る曲はワルツで、他にも曲はあるがラオがワルツを好んでいるため夜会ではワルツが最も多いらしい。
いくつかあるステップの中でもターンはヒールで回らなければいけないのがキツい。
「ナチュラルターンとアウトサイドチェンジが出来ればワルツは出来るよ。女の子はヒールだから大変かな?」
「…ゆっくりやって。」
「もちろん!」
一、二、三と拍を数えながらゆっくりとした動きで足を動かす。
男性にリードされる形なのに足元が見えないからちょっと怖い。
見ている分には華やかな社交ダンスも実は大変なのね。
ついつい視線を足元へ落としていれば、リヴィアから「踊ってる時に相手の顔を見ないのはマナー違反だよ。」と怒られてしまった。
たった二つのステップだけれど予想よりもずっと難しい。
特に拍の取り方が独特でたまにリヴィアの足を踏んでしまう。
あたしが謝ると最初はみんなそうだから気にしないでと笑顔で返されたが、やっぱり何度もあると申し訳なく思った。
元々運動神経も普通なあたしにとって、初めて踊るワルツのステップは足が追いつかない。
どれくらいやったか分からないけどリヴィアが休憩しようと言い出して、ようやく一息吐けた。
「うーん、リールァ様って運動苦手なんだねぇ。」
「…分かってるわよ。下手くそだって。」
「えー?下手じゃないけどなぁ。なんか気張り過ぎちゃって失敗してるって感じじゃない?」
踊り続けて暑いのか服の襟元をパタパタさせるリヴィアの言葉に、うんと頷く。
失敗したらって思うと体が緊張して余計に固くなってしまう。
「…こんなんじゃラオと踊るなんて無理だわ…。」
転んだり、足を踏んだりしてしまってワルツどころじゃなくなりそう。
「リールァ様は考えすぎー。ダンスは楽しむために踊るんだし、結構みんな踊ってるときは見てないものだよ?」
「そうかしら?」
「そうそう!それに王もダンスは上手だからしっかりリードしてくれるって!!」
いざとなったら王に任せちゃえば良いんだよ。
そう笑うリヴィアにちょっとだけあたしの心も軽くなった。
ダンスは楽しむために踊るもの。
確かにそうかもしれない。色々考えてるからよくないんだ。
休憩を終えて差し出されたリヴィアの手を取る。
身を任せながら、三拍子のリズムを頭の中で思い浮かべ、踊る。
腕を引かれるままに踏み出せば自然と足が動いてさっきまで踏めなかったステップが綺麗に流れていった。
「ほら、言ったとおりでしょ?ダンスは楽しまなきゃダメだって。」
「ホントね。ビックリだわ。」
「よーし、今日はこの調子で…っわ?!」
リヴィアが何か言いかけたとき、目の間を何かが物凄い速さで通り抜けていった。
驚きのあまり手が離れて後ろへ倒れそうになる。
しかし予想していた痛みも衝撃もなく、目を開ければ見慣れた黒が全身を包んでいた。
「ラオ?」
名前を呼ぶとぎゅっと抱き締められる。
少し離れた場所にいるリヴィアが「驚きましたよ陛下。」と文句を言う。
「いきなり剣を投げる事ないでしょう?危ないなぁ。もしリールァ様に当たったらどうするんですか?」
「俺がそんなヘマをすると思うか?」
「思いませんけど、オレだってダンスのためにいるんですから怒らないで下さいよ。」
リヴィアがラオに手渡したのは細身の長剣だった。
もしかしなくても、さっき目の前を駆け抜けたのはあの剣らしい。
ぎゅうぎゅうと抱き付いてくるラオを見上げれば紅い瞳が不機嫌そうに眇められている。
どうやらリヴィアとあたしの距離が近過ぎたみたいだ。
…ワルツだから仕方ないんじゃない?
そんなことを考えていれば紅い瞳と視線が絡み合う。
「…楽しそうだった。」
不満げにそう言うものだから笑ってしまった。
「ごめんね、初めて上手く踊れたら嬉しくて。…でも全部ラオと一緒に夜会で踊るためだから、ちょっとだけ我慢して。ね?」
「……夜会では他の男と踊るな。」
「もちろんよ。ダンスを覚えたら、もうラオ以外とは踊らないわ。」
「なら良い。」
あたしの言葉に満足そうに頷いて、頬にキスをするとやっと離してくれた。
そうしてダンスホールの壁に寄りかかるとあたしとリヴィアのダンスレッスンを眺め出す。
恐らくあたしが気になるんだろう。
執務は良いのかと思ったが、側近が迎えに来ないところを見ると終えたのかもしれない。
壁に寄りかかったまま動きそうもないラオ。
あたしとリヴィアは一度顔を見合わせてから、どちらともなく苦笑して練習へと戻った。