表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/77

甘い毒牙(3)

 







「どうしたの?」


(いや)…寝癖が…、」




黒髪の右こめかみ部分の髪がひょこんとハネている。


何度も直そうとしたらしいが昨夜しっかり乾かさなかったから寝癖がついてしまったらしい。


しょんぼりしている姿に笑ってしまう。


魔王が寝癖と格闘してるなんて一体誰が想像するかしら?


ひょこひょこと揺れる寝癖を鏡越しに恨めしそうに見つめるラオを椅子に座らせ、前髪を留めていたピンを一本取ってラオのこめかみ部分の髪を耳にかけて留める。


右側だけ後ろへやったため左側とアシンメトリーになって結構いい感じだわ。




「はい、これなら平気でしょ?」




されるがままになっていたラオが鏡を見て、直った寝癖と留められたピンを嬉しそうに撫でた。




「揃いだな。」




ヘアピン一本でそんなことを言う可愛い魔王に噴出しつつ、朝食を食べようと促せばすぐに席に戻ってきて何時ものように食事を出してくれる。


食事中もピンが気になるのか何度も触れたり鏡を振り返ったりするラオに苦笑してしまった。


まるで新しい晴れ着を買ってもらった子どもみたい。


少しゆったりと朝食を摂った後、執務室へ行けば既に準備を整えた側近がラオを待っていた。




「お早う御座います、王。リールァ様。」


「あぁ。」


「おはよう。」




穏やかな笑みを浮べる側近へ返事を返してラオが机に座り、執務が始まる。


後から来たエミリアに紅茶を淹れてもらって執務が終わるのを待つ。


城を抜け出していたのが嘘のように以前と変わらない生活だ。


元の世界のように分刻みで動くことも、将来何の役にも立たない勉強に粉骨する必要もない。


柔らかなソファーに腰かけているうちにあたしは何時しか眠り込んでしまった。







































リールァ様が眠ってしまうと侍女は別室から毛布を持ってきてそっとかけて差し上げた。


王も一度顔を上げ、紅い瞳を優しく細めて執務に専念する。


そんな光景を私は何とも言えない気持ちで眺めていた。


それは喜びであり、寂しさであり、幸福感であり、切なさでもある。


ソファーで眠る花嫁は綺麗や可愛いという言葉よりも、どちらかと言えば凛とした雰囲気のある少女で、顔立ちも貴族の娘たちに比べればやや劣るだろう。


しかし誰に対しても分け隔てのないその性格は貴族たちに決して無いもの。


そんな彼女と初めて邂逅を交わしたのは私がまだ十二にも満たない頃で、王も十に満たぬ御歳であられた。


突然書庫から彼女と連れ立って出て来た王にはどれほど驚かされた事か。


少々気が強く、物怖じのしない彼女は王の未来の婚約者だと述べ、一日足らずで姿を消してしまわれたが…王はそれから何十年もの間彼女を探し続けられた。


そうして漸く見つけた彼女は記憶の中と寸分違わぬ姿で今王の傍にいる。


時には諦めかけ、自暴自棄にもなった王ではあったが彼女を探した事は間違いではなかったのだろう。


この世界に彼女が訪れてからは気候も安定し、王も真面目に執務を行うようになり、途中色々と問題は生じたものの王と彼女の関係は恋人からもうすぐ夫婦となる。


幼い頃から王も何かと厄介事を起こす方ではあられるが、彼女の場合は巻き込まれる性質らしい。


本人に自覚がない分、下手に目を離すことが出来ない。


王が常に彼女を傍に置きたがる理由も分かる気がした。


人間という弱い種でありながら何か他者を惹き付ける彼女は危なっかしい。


大人びているかと思えば城を探検したり、こっそり調理場に紛れ込んで菓子を貰う子どもっぽさも併せ持つ彼女に王も時折気を揉まれている。


それでも決して‘動き回るな’と御命じにならない辺りに王の愛が感じられる。


彼女の行動を縛りたくないのでしょう。


他者へ関心を持たなかった王が唯一愛し、愛された女性。


これを喜ばずして何としようか?


王が物心付く頃より御仕えしている身としてはこれ程素晴らしい事は無い。


以前の触れれば切り裂かれてしまいそうな程の冷たさや鋭さは消え、角の取れて丸くなった王は各魔族の長たちからの支持も厚くなった。


やはり愛する人が出来ると変わるものだ。


手の焼けなくなった事は嬉しいけれどほんの少し寂しさも残る。


だが、きっとこんな気持ちもすぐに消えてしまうだろう。


王と彼女の間に子がお生まれになったら私にも教育係として声がかかるだろうから。


こんな御二人の子どもであれば男女関係無く活発で御転婆な子になるに違いない。


早くお目にかかりたいものだ。




「…キアラン。」




名を呼ばれてふっと我に返れば王が私を見上げていらっしゃる。


どうやらぼんやりしている間にかなり時間が経ってしまっていたらしい。




「申し訳ありません、少し呆けてしまっておりました。…次は此方にお目を通し下さい。」




持っていた書類の束からサインの必要なものだけを抜き取って差し出す。


王は私を暫しジッと見つめた後に紅い瞳を細めて書類へ視線を落とされた。


どうやら私が呆けていた事についてのお咎めはないらしい。


視線を上げれば相変らず幼子のように無防備に眠る彼女の姿がある。


この平和な生活を維持するため、彼女との日々を守るために王はこれからも精を出されるのだろう。


微力ながらも私もその意に沿えるよう努力しなければいけない。


そのためにはまず、気を取り直して書類整理を励むことにするとしよう。







 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ