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甘い毒牙(2)

 








ふわりと頭を撫でられる感覚に目が覚める。


数度瞬きを繰り返していたあたしの視界にスッとラオの顔が映り込んだ。




「大事無いか?」




囁くように声を落として聞いてくるラオに頷く。


入浴後のラオはシンプルな白いシャツを着てベッドの縁に腰掛けていた。


まだ少し体が火照っている気はするものの、それ以外は特にこれと言って不調はない。


優しく髪を梳いていくラオの指を感じながらほっと息を吐くあたしに、ほんの少しだけ眉を下げて謝ってくる。




「すまない、その…抑え切れなくて…。」


「はぁ…。もういきなり入って来ないなら良いわ。」


「………。」


「こら、返事しなさい。」




素直過ぎるラオに笑ってしまった。


何だかんだ言いつつ許しちゃうのがあたしのダメなところね。


ベッドから起き上がろうとすれば自然な動作で背に手を添えて支えてくれる。


喉が渇いたと言ったあたしに水差しからグラスに水を入れ、渡してくれた。


魔王だと言うのにこんな甲斐甲斐しいんだから、見た目と中身のギャップが激し過ぎる。


そんなところも可愛いなぁなんて思えてくるからあたしも相当末期かしら。




「美緒、食事は摂れそうか?」


「…そうね、ちょっとお腹空いたかも。」


「そうか。」




立ち上がったラオがあたしを抱き上げて寝室の中にあるテーブルセットの椅子に、まるで壊れ物を扱うように静かに下ろす。


そんなに丁寧にしなくてもと思う反面、大切にされていると実感できて嬉しくもある。


ラオが手をかざせば何時見ても手品にしか見えない様子でパッと料理がテーブルに広がった。


夜ということもあり、のぼせたせいもあって沢山は食べられなく、サッパリとしたサラダやスープなんかを食べただけでお腹いっぱいになる。


あたしの食べる量が少なかったことが気になるのかチラリとラオの視線が向く。


言葉の代わりに大丈夫だと笑いかければ安心したように食事を再開する。


溜め息を零したくなるくらい綺麗な所作で食事を平らげたラオは最初と同じように手をかざして食器を消した。


そうしてあたしをベッドへ戻すと一緒になってシーツに潜り込んで来る。


ぎゅっと抱き締められればラオの体温がゆっくりあたしに広がってきた。


ほっと心が休まる。


やっぱりラオの傍が一番落ち着く。


さっきまで寝ていたのに、もうウトウトと睡魔があたしの意識を引っ張った。




「………美緒、寝たのか…?」




黙り込んだあたしに勘違いしたのかラオがそう問いかけてくる。


まだ完全に眠ってはいなかったけれど、温かな体温と柔らかなシーツに包まれて微睡みかけていたあたしの瞼はピッタリくっついて開かない。


大きな手が優しく、酷くゆっくりとした動きで背を擦り、ラオがつむじにキスをした感覚がした。




「…もう、何処にも行かないでくれ…。」




消え入りそうな声が震えながら懇願する。


…あぁ、起きて大丈夫よって言わなきゃ…。


そう思うのに微睡みの中にいる体はピクリとも動いてくれない。


まるで離さないとでも言うかのように、ラオはあたしを抱き締めると小さく息を零してシーツを手繰り寄せる。




「…お休み、美緒。」




額に柔らかな感触がして、あたしの意識は途切れていった。









































翌朝、目が覚めても寝る前と全く変わらずあたしはラオに抱き締められていた。


少し早く起きてしまったのか重いカーテンの隙間から漏れる光はまだ薄暗く、ラオもぐっすりと眠りこけている。


少し上にある顔は起きている時と違って少し幼い。それに悪人面もちょっと(なり)を潜めている。


こんな無防備な姿を見せてくれるのも、あたしだから…なのよね?


ちょっとの優越感と喜びを感じながら眠るラオの頬を撫でる。




「…大丈夫、ずっとここに居るわ。」




だってあたしの契約魔で、婚約者で、恋人なのはラオだけだもの。


額にかかって邪魔そうな黒髪を退けてあげていると、ふっと紅い瞳が開いた。


寝起きだからぼんやりとした紅はあまり焦点の定まっていないながらも、あたしを見つめてくる。


ややあって何度か瞬きをしたラオが微笑した。




「おはよう、ラオ。」


「…お早う、美緒。」




甘えるようにコツンと額同士を合わせてラオが呟く。


とても良い夢を見た。


どんな夢なのか聞いても笑って答えてはくれなかったけれど、本当に嬉しそうな笑みを浮べたから余程良い夢だったみたい。


起き上がってベッドから出たら後ろから抱き締められる。


着替えなきゃいけないのになかなか離してくれない。




「ラオ、着替えなきゃ。」


「ん…もう少し此のままで…。」


「仕方ないわね。」




城を抜けて離れていた期間が長かったからか、昨日からずっとこんな調子だ。


あたしが離れようとすると抱き締めてきたり頭を撫でてきたりと、とにかく構いたがる。


まぁ、あたしも寂しかったからラオがこうやって甘えてくるのが嬉しいのだけれど。


あまり時間が過ぎると側近にお説教されるのはラオなので、促すように腕を軽く叩けば名残惜しそうに離してくれた。


寝室から隣りへ続く扉を開ければあたしの部屋があって――本当はこの部屋は離れているのだがラオが魔力で部屋の扉を繋げてしまったのだ――控えていた数人の侍女が立ち上がる。


その中にはエミリアの姿もあった。




「お早う御座います、リールァ様。」


「さぁ、お召し物を替えましょう。」


「今日からダンスの御稽古がございますので動きやすい物にしませんと。」




ニコニコ笑いながら慌ただしく動く侍女たちを目で追いかけていたら髪を梳いていたエミリアと鏡越しに目が合う。


丁寧に何度も毛先まで梳いたあたしの髪はサラサラだ。




「リールァ様の今日のご予定はご朝食を摂られた後、陛下と執務室へ。ご昼食まではそちらにいらして下さいませ。ダンスの御稽古の時間になりましたらお迎えに上がります。」


「エミリアが来てくれるの?」


「はい。私ではご不満でしょうか…?」




悲しげに曇った瞳に首を振る。




「ううん、そうじゃないの。嬉しいわ。ついでに調理場にも付き合ってもらえる?」


「調理場ですか?」


「そう!午後のお茶に食べるお菓子を頼んでおかないとね。」


「あら、リールァ様ったらもうお茶のお話ですの?」




クスクスと可笑しそうに笑うエミリアにあたしも笑う。


なんだか以前話していた高飛車なイメージが全然なくなって、良いお姉さんだ。


あたしの髪の毛先を少しだけ巻いてクルクルさせ、いわゆるお嬢様ヘアーにしたエミリアは前髪の一部をヘアピンのようなものを数本使って留める。


すっきりとしながらもクルンと巻かれた髪が柔らかく上品に見えた。


ドレスに着替えて薄く化粧も施され、エミリアたちに見送られて扉を開ければ既に着替えを済ませたラオが何やら大きな姿見を見ながら立ち尽くしている。


あたしが戻って来たことに気付いて振り返ったラオは眉がちょっと下がっていた。







 

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