永久の契約(2)
「え、夜会?」
あの後遅めの朝食を済ませたあたしたちは、滞っている執務を済ませるために執務室に訪れていた。
とは言え仕事をするのはラオで、あたし自身はこれと言ってすることはない。
まぁロクに歩けないあたしを気遣ってくれるのは嬉しいのだけれど瞬間移動ではなく、何故か歩いて移動するのは止めて欲しい。
お姫様抱っこされてるあたしは使用人たちの視線を感じるたび恥かしくって仕方がない。
なのにラオは上機嫌。何度言っても瞬間移動を使ってくれないのだ。
側近に言っても「王はリールァ様を見せびらかしたいのですよ。」と笑うだけで注意してすらくれないんだもの。
「えぇ、王とリールァ様の婚姻を一足先に貴族達へ発表するための夜会です。」
「そんな大事にするの?」
「勿論。魔王の結婚は生涯に一度きりですから全て絢爛豪華に執り行われるものですよ。」
一度きり。一生を共にする花嫁はたった一人。
一夫多妻制かなと思っていたけれど、どうやらそれは魔王の好きに出来るらしい。
ほとんどの王は妻を一人しか持たなかったみたいだが、たまに何人か妻を娶った王もいたとか。
…女の敵だわ。
一生懸命執務をこなしていたラオがふっと顔を上げる。
「夜会自体開かれるのは一週間程後だがな。」
「リールァ様はダンスを踊れますか?」
「あー、オクラホマミキサーとかジンギスカンとかなら中学で踊ったけど…。」
「「?」」
二人同時に首を傾げる側近とラオにやっぱりそれじゃないよね、と溜め息が零れる。
彼らのダンスと言えば社交ダンスに決まってる。
オクラホマミキサーとかジンギスカンなんて踊るわけないわ。
何でもないと首を振れば側近はまだ不思議そうな顔をしながらも頷いた。
「では明日から練習致しましょう。」
「明日から?」
「えぇ。今日は動けないでしょうから。」
「~~っ!」
ニッコリ笑顔で平然と言う側近にあたしは何も言えなかった。
御顔が真っ赤ですよリールァ様、なんて茶化してくるから、その腹を思いっきり叩いてやる。
どうせ彼らにとってあたしの一撃は痛くも痒くもないんだろうけど、これは気持ちの問題。
あたしと側近のやり取りを見ていたラオは小さく笑ってから執務に戻る。
することもなくお茶を楽しんでいると執務室の扉がノックされた。
「…入れ。」
洋紙から顔を上げずに入室を促すラオ。それから一拍間を開けて扉が開かれると初めて見る人が立っていた。
「失礼致します陛下。」
「七日後の夜会の警備について御話があると聞きましたが…。」
片方はたぶんラオよりも長身で、体格も良く、外見的には二十代後半から三十代前半くらいの屈強な男の人。
もう片方は細身でやっぱり長身の綺麗な女の人。どちらもあまり派手ではないシルバーの鎧っぽいのに身を包んでいる。
二人はあたしを見るとおやっという顔をし、その場に跪いた。
何度やられてもこの跪かれるという行為には慣れない。
「初めましてリールァ様、俺は魔兵団の団長を務めますダリクと申します。」
「私は副団長のエレノアです。」
「あ、初めまして…というか立ってもらえるかな?その、あたしあんまり跪かれるのは好きじゃないの。偉いのはラオであって、あたし自身はただの人間なんだし。」
あたしの言葉に二人は顔を見合わせた後に立ち上がった。
そうして聞いた通りのお方だと笑う。
どうやらあたしは‘気取らず、誰に対しても公平に接する心優しい王の花嫁’という噂が広がってるらしい。
確かに気取ってはいないけれど、誰に対しても公平ってほどでもないし心優しいかどうかはちょっと分からない。
誰に聞いたのか聞けば城の使用人たちだと言う。
「侍女達はリールァ様とお茶会出来る事が嬉しいと申しておりました。庭師もリールァ様が褒めてくださり、とても喜んでくださるからと毎日草木の手入れに精魂込め、料理人達も時折遊びに訪れてくださると楽しそうに教えてくれました。」
「あの頑固者で気難しい料理長ですらリールァ様のお願いは聞き入れるとか。あ、そういえば料理人が新しいお菓子の試作品が出来たのでまた食べに来て欲しいと申しておりましたよ。」
二人の言葉にラオが呆れたような表情であたしを見る。
う、わ、分かってるわよ。
城の中とは言えあまりうろつくなと言われてたのに、あたしは好奇心に勝てずよくラオの執務中に城内を探検していた。
その時に侍女とお茶をしたり、料理人たちにお菓子をこっそり貰ったり、庭園で庭師と花の話をしたり…うわぁ、考えてみたら全然ラオの忠告を聞いてなかったわ。
側近がラオの横でプッと噴出した。同時にラオが溜め息を零す。
「…リア。」
「ご、ごめん。あんまりにもヒマで…でも侍女も一緒だったわ!」
「そういう問題では無いだろう…。」
あたしとラオのやり取りに側近だけでなく兵団の二人までもが笑い出す。
「リールァ様は面白い人ですね。」
「王が気に入るのも頷けるな。」
「…で、警備の件だが。」
何時までも笑っている周りに溜め息を零しながらラオが本来の用件を口にする。
そうすれば穏やかな空気は一転して執務室に凛とした空気が広がった。
あたしは混ざっても仕方がない気がするけれど、守ってもらうのだからしっかり聞いておくくらいはした方がいいかもしれない。
持っていた洋紙を積み重ねたラオが机に肘を付く。
「恐らく貴族は全て来るだろう。ざっと計算するだけで二・三百人か。」
「出入り口の守備だけではなくリールァ様の周囲にも何人か配置した方が宜しいかと。」
「あぁ、そうだな。」
「では私が侍女の一人として同行致しましょうか?」
「頼む。後、使用人の中に何人か入れておけ。」
サクサクと進んで行く話にあたしはぶっちゃけ着いて行けない。
ぽかんとその様子を見ていれば側近が冷めてしまった紅茶を新しく淹れ直してくれた。