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魔王と婚約者の一日(2)

 





それでもまだ少しムスっとしているラオに彼の側近は困ったような笑みを浮べている。




「仕事するんでしょ?」


「…まだ、早い。」




確かに普段より少しだけ早い。だからまだ仕事をしなくても良いんだと言外に言うラオは本当に子供だ。


無理矢理椅子に座らせれば嫌そうな顔で書類の束を睨みつける。




「早く終われば、その分一緒にのんびり出来るのになぁ。」




チラリと見ると真面目な顔で「やる。」と羽ペンに手を伸ばす魔王。うん、素直でよろしい。


大きな背中から離れようとしてピョコンと跳ねた黒髪が視界に映った。


…あ、寝癖。


艶やかな黒髪の一部に寝癖が残っている。


それは丁度頭の真後ろで、どうやら彼は気が付かなかったらしい。


かなり跳ねてしまっているソレは手櫛で直るか分からなかったが、一応そっと撫でるように押さえてみた。


離すと先程よりは良くなったけれどやはりまだ跳ねてしまっている。


見た目よりもちょっと固い髪を何度も撫で付けていると喜色の滲んだ低い声が「もっと、」と強請ってきた。


どうやら魔王陛下はなでなでが気に入ったらしい。




「なでなでされるの好きなんだ?」


「あぁ、気持ちいい。」


「寝ちゃダメよ?」


「……善処する。」




サラサラと書類にサインする音を聞きながら目の前の頭に優しく触れる。


なでこ、なでこ。


傍らで書類を持つ側近が苦笑する。顔は見えないが魔王はご機嫌なようだ。


少し尖がっている耳に触れると一瞬ピクリと肩を動かしたが嫌がる様子もなく、されるがまま、ラオは書類に視線を落としている。


人間の丸い耳と違って尖っている耳は外見だけでなく性能も人間のものよりも良いらしい。


幾つもつけられたピアスはどれもキラキラと輝いており、一つ一つに複雑な模様のようなものが描かれていた。


よく見ようと顔を近づけて触れていると側近が小さく咳払いをする。


顔を上げたら少しだけ赤い顔をして困ったようにあたしを見ていた。


触るのはちょっとマズかったかしら?


ヒョイとラオの顔を見ると目元が赤く染まっている。気付けば手も止まってしまっていた。




「ごめん、もしかして魔族って耳触るのマズい?」


「あ…否…、」




あーとか、うーとか煮え切らない呻きを上げるラオ。


ハッキリ言ってもらわなければ困る。魔族の常識と人間の常識は結構違うので、あたしが何とはなしにしたことが魔族のタブーだったら大変なのだ。


名前を呼んで促すと目元を赤く染めたまま眉をへにょりと下げて見上げてくる。




「リールァ様、あまり陛下を苛めて差し上げないで下さい。」




助け舟を出したのは側近だった。




「そんなこと言われても、あたしには何が良くて何が悪いのか分からないもの。キチンと言ってもらわなきゃ困るわ。」




未だ赤い顔で見上げてくる魔王はちょっと泣きそう。


側近はあたしとラオの顔を見比べてから苦笑した。




「我々魔人にとって五感に関係する部位、鼻や耳などはとても発達しています。神経も敏感で、ある意味急所とも言われ、そこに触れる事は一種の求愛行動なんですよ。」


「え、求愛?」


「正確に言えば女性が男性を誘う際に用いられる誘惑行為にも近いですが。魔人はその行為にとても弱いのでお気を付け下さい。」


「…そんなにコレって貴方たちには刺激的なの?」


「はい。リールァ様があまり熱心に耳を触るので流石の陛下も動揺してしまわれたのです。」




そんな動物的な言い方をされても……というかコレって求愛行動になるんだ?


オロオロと視線を泳がす魔王はなんだか可愛く見えてしまう。好きな相手が行動の意味を理解していなくても、誘惑されれば動揺してしまうのは当たり前。


むしろラオの理性の強さに感謝しつつ、ちょっとだけ可哀想なことをしてしまった気がして罪悪感が生まれた。




「ごめんごめん。ビックリさせちゃったわね。」


「……別に、良い。」


「そう?良かった、次から気を付けるわ。」




ポンポンと頭を撫でると小さく首が振られる。




「気を付けなくて良い。…リアが触れてくれると、死にそうなくらい、嬉しい。」


「…あ、あんたねぇ…!」


「?」




ほんっとにこの天然無自覚タラシ男め。一体これでどれだけの女をタラシ込んできたんだか。


側近は側近でクスクスと可笑しそうに笑っているだけ。




「ラオ、そういうことは他の人がいる所であんまり口に出さないで。」


「? 駄目なのか?」


「ダメ。あたしが恥かしくて死にそう。」


「それは困る…!リアが死んだら、俺も生きて行けない…。」




ぶはっと側近が噴出した。あぁ、恥かしい。きっとあたしの顔はトマトもビックリなくらい真っ赤だ。


臆面もなくこういうことを言うから時々困る。彼が子供じゃないんだって再認識してしまうから。


それでも彼は彼なりに気を付けているというか、これでも自分の気持ちをセーブしてくれていることは理解している。


‘結婚は好きな人と’なんて乙女みたいなことを言ったあたしの言葉を受け止め、歩み寄ってくれているのだ。


そうして自分を好きになってもらえるようラオは日々努力しているらしい。それがこの真っ直ぐな言葉や行動として現れているんだけど。


こんだけ好き好きオーラを出されては無視することも出来ないし、ラオが本気だと知っているだけに簡単に断ることも出来ない。


この生活を満更でもないと思うあたしがいるから余計に厄介だ。




「そんなにタラシ込みたいなら、あたし好みになることね。」




なんてつっけんどんな言葉を投げかけても、真剣な顔で「善処する。」と頷くんだから全くもって彼には太刀打ち出来そうもない。


漸く落ち着いたのか書類に向き直るラオの頭を撫でながら、空いた片手でパタパタと熱くなった頬に手で風を送る。


とりあえず側近の愉しそうな視線に気付かないフリをして窓の外へと視線を投げかけることにした。







 

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