君の名を呼ぶ 救出編(14)
瞳孔の開いた金の瞳が苛烈な色を宿してラオを映す。
ハインツの体から赤い炎が爆発した。
咄嗟にセオフィラスは己とエミリアに障壁を張り、防いだ。ラオは障壁すら出すこともなくその場に佇んでいる。
燃え盛る炎が全身を撫で上げたもののラオが片手を軽く振るだけで彼の周りの炎だけが後退し、火の燃え移っていた服が普段の漆黒の服へと戻った。
「良いな、そうでなけりゃ面白くねぇ。」
「…止めろ。」
「何だぁ?王ともあろう御方が逃げるのか?」
逃げ、という言葉にラオの眉が更に寄る。
自分が手を下さずとも大罪を犯したハインツには極刑が待っているのだ。
無駄に力を使いたくはなかったのだが、そこまで馬鹿にされて黙っていられるほどラオは穏やかなではない。
バチバチと放電させながら手に雷電を灯せばハインツが笑う。
互いの視線が絡み合った瞬間二人は目にも留まらぬ速さでぶつかり合った。
傍にあった腐りかけた椅子が砕け散り、古い教会の壁の塗装が一気に剥がれ落ちる。
炎と雷は絡み合ったかと思ったら互いに互いを飲み込み膨れ上がった。だがラオもハインツも力を緩めない。
押された炎に穴が開くとその一瞬の隙をついてラオの雷電がハインツを貫く。
しかしフッと貫かれたはずの体が炎に変わる。
火蜥蜴は炎から生まれる精霊だ。つまりその身は炎のみで構成されている。
予想済みだったのかラオはパッと脇へ飛び退った。
一拍後に背後から勢いよく炎に身を包んだハインツが飛び出し、ラオが元いた場所を燃え盛る炎で舐め上げる。
あまりに激し過ぎる戦いにセオフィラスはエミリアを庇ったまま動くことが出来ずにいた。
下手に動いてラオの集中を切らす訳にもいかない。それに少しでも障壁を緩めれば教会内全体を舐める炎の餌食になるだろう。
「厄介な事になったな…。」
魔王とは言え精霊相手では少々分が悪い。
精霊を喰らった者は弱点が一つしか存在しないのだ。
それは心臓でも脳でもなく、精霊の刻印である。精霊にはそれぞれ異なる刻印があり契約するか喰らうと体に刻印が現れる。
人によって場所は異なるものの刻印さえ体から消してしまえば力は消える。
しかしその刻印のある部位を攻撃して傷付けない限り他の攻撃は通用しない。
ラオがギリギリまで近付いて心臓部を貫くも効果はない。
一体どこが弱点なのか。
エミリアに視線を投げかけてみるも力なく首を振られてしまう。
苦戦するラオにハインツは哂う。
「どうした魔王。まさかその程度で全力だとか抜かすなよ?!」
燃える炎に気を取られていたラオの顔の傍をハインツが拾い投げた剣が掠り、黒髪が僅かに切れる。
相変らずの無表情ではあったが内心ではラオもかなり焦っていた。
普通の魔族相手ならば普段で充分だが精霊相手となればそうも言っていられない。
契約者である美緒が傍にいるならば勝てるが、今のラオは力半分と言っていい状態である。
契約者の美緒に残り半分程力が移されてしまっている状況で精霊に勝つのは難しい。
父も動くことが出来ないので探しに行くのも無理だろう。
このままでは押されるのも時間の問題だ。
…腕一本でもくれてやるか…?
などとロクでもない事を考えた時、不意にバタンと祭壇の陰にあった扉が開かれる。
パッと振り返った誰もが驚きに目を見開いた。
魔王の婚約者であり、助け出そうとしていた人物が肩で息をしながら立っていたのだ。
薄い服に身を包んだ体は少し痩せたように思う。
両手の枷と右足に繋がれた枷から伸びる重そうな鉄球を抱え、苦しそうに息をしている。
「チッ!」
ハインツは舌打ちすると美緒へ炎を放った。
訳も分からず向かってくる炎に驚いた表情を見せる美緒。
…傷付けさせるものか!
瞬間移動で美緒の背後に移動したラオは己のローブで小さな体を包むと、迫り来る炎を片手で制し、握り潰した。
炎を消されたハインツが顔を歪める。
「――…美緒、」
そっと囁いた名に顔を上げた愛しい恋人をラオは抱き締めた。
扉を開けると、火の海でした。
…って笑えない冗談だわ!
扉を開けた先は赤い炎が燃え盛る教会の中だった。
広い場所とは聞いていたけれど教会って何?!どうして燃えてるの?!!
しかもあのムカツク男と対峙しているのは会いたかったラオ。
ちょっと離れた場所にセスさんと、見覚えのある女性がいる。
訳が分からない。
朱色の髪の男は大きく舌打ちしたかと思えば、その手からいきなり炎があたしに向かってくる。
…え、え?!
ビックリして体が硬直してしまう。避けなきゃと頭では分かっているのに体は動かない。
――…ぶつかる!
ギュッと目を閉じるのと同時に温かな何かが全身を包み込んだ。
それだけで不思議と体の力が抜ける。
何度も何度も触れ合ったこの温かさをあたしは知っている。
「――…美緒、」
低く柔らかな声に目を開ければ視界いっぱいに黒が広がった。
ギュッと力強く抱き締めて来る大きな腕に安堵の息が零れ落ちる。
…会いたかった。ずっとずっと会いたかった。
寄りかかれば抱き締める腕に力がこもって、より一層体が触れ合う。
独特の南国系の少し甘い香りに包まれると涙が零れそうになった。
「迎えに来てくれたのね…ラオ。」
ずっと呼んでた。心の中で。
会いたくて、迎えに来て欲しくて。
堪えたかったけれど、少し熱の高い指が目元を撫でる感触に耐え切れず涙が零れ落ちてしまった。