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君の名を呼ぶ 救出編(11)

 







夜の帳も落ち、深夜と呼ぶに相応しい時間帯になった頃、宿屋のとある一部屋ではラオ、セオフィラス、エミリアの三人が顔をつき合わせていた。


それまでの旅に丁度良い軽装に身を包んでいたラオもセオフィラスも、今は一目で高価だと分かるような生地で作られた衣服を纏っている。


普段着ているものとは違いやや煌びやかなそれは貴族の服だ。


エミリアは美しいドレスを着て、細工の素晴らしい髪飾りを付け、ピンと背筋を伸ばした姿はそこら辺の貴族の娘よりも遥かに美しい。


しかし三人の顔にはそれぞれに上半分を隠すように仮面がつけられており顔を確認することが出来なくなっている。




「陛下、大元王、こちらを。」




エミリアが差し出したのは金で創られた硬貨だった。


だが普通のものと違い、その金貨の表面には燃え盛る焔の鬣を持ったライオンが鋭い牙を剥き出しにして威嚇している姿が描かれている。




「何だ此れは。」




見たこともない硬貨をラオは手にとってしげしげと眺めた。


よく出来ているが、金を使っているだけに一枚造るにしても相当の金がかかるはずだ。


エミリアはセオフィラスにも一枚手渡すと自分も胸元に硬貨を挟み込む。




「これは集会に立ち入る際に、入り口で見せる手形のようなものです。これがなければ例え貴族であろうとも入る事は許されません。」


「成る程。これを手に入れるだけの金がなければ入る権利は無いということか。…全く金の亡者みたいで美しくないな。」




肩を竦めたセオフィラスにエミリアは苦笑する。


ラオも眉間に皺を寄せて硬貨を睨みつけていた。


裏で取引されるものは大抵値の張る物ばかり、ロクに金もない者が来たって一銭も利益にはならない。


だからこそ金のある者しか立ち入ることが出来ぬように制限をかけたのである。




「…お前は影の住処に詳しいな。」




ラオがポケットに硬貨を仕舞いながらそう問うた。


エミリアは一度目を伏せると、小さく震える息を吐き出した後にポツリと述べた。




「昔は、私も影の住処の一員でした。」




まさかの言葉にセオフィラスとラオは僅かに瞠目する。


ならば何故娼婦などに身を堕としてしまったのだろうか。


少なくとも男に春を売る必要がないくらいには生活出来ただろうに。


エミリアは困ったような笑みを浮べて二人を見る。




「愛していた人がおりました。想いを告げ、彼も愛してると言ってくれました。…でも、数日後、目が覚めたら娼館のベッドの上にいたのです。」


「…売られたのか。」


「はい…。彼は私の事など微塵も愛してなどおりませんでした。数度抱き、飽きたから売った…と。」




それからは愛というものを心から信じることが出来なくなってしまった。


どれだけ甘い言葉を囁かれようとも、どれだけ情熱的に追われようとも、愛されたいと思う一方で心は冷たく冴え渡るばかり。




「何時か…思い知らせてやりたかったのです。貴方が捨てた女はただの女じゃなかったと、悔しがらせたかったのかもしれません。」




セオフィラスがそっと細い肩に触れたが、エミリアはニコリと微笑む。


ツラい過去だったのだろう。それでも彼女は今、前を向いている。


それがどんな理由であれ前に進もうとする限り彼女の輝きは消えない。


強く真っ直ぐで、けれどどこか脆いその姿が美緒と重なって見えたラオは顔を歪めた。


…逢いたい。早く此の腕で抱き締めたい。


慕情は冷めるどころか日に日に募り、ラオの心を掻き乱す。




「…行こう、お前の花嫁を助けに。」




顔を上げたラオにセオフィラスが苦笑した。


扉を開けてエミリアが静かに待っている。


…美緒、お前に伝えたい言葉が沢山在る。伝えたい想いが山のように在る。


だから無事でいてくれ。


お前のいない世界なんて俺には生きる価値もないのだから。




「…あぁ。」




歩き出した息子に父は笑った。


大丈夫だと、何の心配もないと言うような柔らかな笑みだった。


しかしそれを見ていたのはエミリアだけである。


宿を後にした三人は人通りのない裏路地を足早に通り抜け、街の外れにある教会へ向かった。


魔族は神を崇めたり敬ったりしない。元は人間が住んでいたためその名残で古い教会は残されていたのだ。


昼間でさえ誰も寄りつかない教会は夜になると不気味な雰囲気が漂う。


普段は静寂に満ちているはずの場所だが今夜だけは訳が違った。


ラオたちと同じように煌びやかな衣装に身を包んだ男女が楽しげに教会に入って行く。




「此れら全てが買取人か?」




呆れを含んだセオフィラスの声にエミリアが頷く。




「えぇ、今日は出す品物を決めるための集会ですが。大抵はこの時点で既に買取が決定してしまいます。」


「売れ残りを防ぐため、か。」


「はい。」




気分が悪くなる話だとラオは周囲を歩く男女へ視線を滑らせる。


ほとんどが貴族や大商工だろう。無駄に派手な服を引きずって歩く姿に吐き気すら感じられた。


鋭くなる息子の気配に気付いたセオフィラスに窘められてラオは我に返り、何でもないと言って歩き出す。


教会の入り口で金貨を見せれば思ったよりもアッサリ中に入れてしまう。


随分と警戒が緩いな。


そう思ったのも束の間、出入り口脇の壁に寄りかかっていた男の脇を通った時に嗅ぎ慣れた香りが鼻を掠めた気がした。


振り返ろうとしたラオに声をかけられる。




「おい、アンタ見ない顔だなぁ?」




振り返ると朱色の髪に金の瞳を持った男はラオやセオフィラス、エミリアを順に眺めた。


ふっとエミリアで一瞬視線が留まったものの、すぐに興味がなさそうに流される。




「集会は今日が初めてでな。どんな品が出るのかかなり気になるのだが。」




セオフィラスが微笑を口元に貼り付けて言う。


此処の物はとても良いと聞いたから楽しみだ、そう心にも無い言葉を繋げた。


朱色の男は一度目を細めたが軽く笑ってどこかへ歩き去る。


その男が見えなくなるまでラオはジッと、半ば睨み付けるように見送っていた。


朱色の男が微かだが纏っていたあの香りは美緒のものとよく似ていたのだ。




「…危ない所でしたわ。」




エミリアの言葉にラオとセオフィラスは振り返る。




「彼が影の住処の最高責任者…この裏市場を束ねる者です。」


「今のが?…随分と若いな。」




セオフィラスがやや驚いた表情で男が消えた方向へ視線をやった。


裏市場を牛耳るためにはそれ相応の力量を問われるが、大抵はかなり歳のいった者が纏め上げる。


彼のように歳若い者が治めるのは非常に珍しいことなのだ。






 

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