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君の名を呼ぶ 脱出編(8)

 







集会という情報を得てから、あたしは薄暗い部屋の中でかなり良い子にしていたと思う。


食事をして、ぼんやりして、鉄球でちょっと運動して、寝て、時々女の人がお風呂に連れて行ってくれて。


とりあえず暴れず騒がず刃向かわずを貫き通していたからか、親玉であるあの男が随分とご機嫌な様子だったことは言うまでもない。


まぁ、それでもあの時の頭突きが相当効いたのか変なことをされることはなかったし。


ビンタじゃなかっただけありがたいと思って欲しい。あの整った顔に赤い手形を残したらきっと心の底からスッキリする気がするけど、今そんなことしたらどうなるか分かったもんじゃない。


相変らず両手首を繋ぐ枷と右足に繋がれた鉄球は邪魔なことこの上ないが、外す方法が見つからない状況で文句を言っても仕方ないというものだ。


…枷が肌と擦れてピリリと痛むのは我慢しよう。


重たい鉄球は足で引きずるのはかなりキツいけれど手で持っている分にはそれ程でもない。


十キロの米袋よりはズッシリと重いが毎日持って下ろしての動きを繰り返していたら重さにも慣れたし、ちょっとたるみを気にしていた二の腕の脂肪も減った気がする。


嬉しい誤算というか、こんな状況で喜ぶべきじゃないのは分かってはいたけど少し感激してしまった。


もともと食事も質素だったからか一週間も経っていないのにあたしの体は目に見えて脂肪が減った。二の腕に始まりお腹周りとは太腿とか、細くなったかなぁって自分で分かる程度には痩せた。


でも胸が減ってないか心配でもある。


ただでさえ大きい方ではないのに、これで減ってたら逃げ出した後にあの男をぶん殴ってやろう。


そうでもしなきゃあたしの気が治まらない。


ベッドの上で拳を固めてアイツを殴る決意をしていた時、廊下から足音が聞こえて来た。視線を向けると見張りの男と見回りの男が互いに合言葉を言う。




「闇に揺らめく焔の王。」


「見通す黄金に我は跪く。」




合っていたのだろう。男たちはふっと目元を和ませて互いの肩を軽く叩き合った。




「もうすぐ集会の準備が始まる、見回りが減る分しっかり見張っとけよ。」


「んな事くらい分かってるっての。にしても俺も集会見たかったなぁ。」


「ははっ、今回は諦めろ。丁度見張り番と重なっちまったんだ、次回見りゃいいじゃないか。」




準備をするということは集会が開かれる時間は近いはず。


それが何時、どのタイミングで行われるかは分からないけど今日開かれる確証が得られただけでも良しとしよう。


その後少しだけ話をした見回りの男は見張りの男を置いて歩き去って行った。


自分の時間間隔を頼りにするなら今は夕食前、だいたい七時から八時の間くらいだと思う。城にいたときは毎日八時に夕食を食べていたからあたしのお腹は腹ペコ状態である。


さてそんなことは頭の隅に追いやるとして難関があたしには最初から出題されている。


1、この牢屋を出る方法。

2、出口までの逃走経路。

3、枷を外す方法。


この三つはあたしが逃げるに当たってかなり重要になる。


特に最初の二つが成功しなければあたしはお先真っ暗なのだ。




「うーん…、」




どうしようかしら?


まさか開けてくださいってお願いして素直に開けてくれるような人たちじゃないし。


やるなら実力行使しかないのだろうけど、あの頑丈そうな扉がそれには邪魔極まりない。


あたし側からは開けられないから何とかして見張り側から開けさせなければ。


今まで読んできた本や見てきたテレビなど何か役に立ちそうな知識を記憶の棚から引きずり出して行くも、やっぱりそう簡単に良い案なんて思い浮かばず四苦八苦していた。


が、不意に元の世界にいる親友の言葉が頭を過ぎる。




――いざとなったら誘惑しちゃいなさいよ。


「!」




そうだ、名案じゃない!


恋愛においては百戦錬磨の美人な親友は何時も必ず自分の意中の相手を落とす。


そのことで以前話していたことを思い出した。


…何て言ってたっけ?


かなり前のことだったので思い出すのにも時間がかかってしまうが、確か親友は‘思わせぶりな言葉や態度をとれ’と言っていた気がする。


それと‘少し大袈裟なくらいの演技をする’ことだ。


自分ではやりすぎではと思っても、案外相手からするとそうは見えないらしい。


楽しそうに熱弁していた親友の顔が瞼の裏に浮かび、とても懐かしい気持ちになる。


元の世界にも‘あたし’はいるから誰も哀しむことはないけど、本物のあたしはみんなに会うことは出来ない。


行方不明になって親や友達にツラい思いをさせるよりはマシだし。


でもやっぱり時々すごく寂しいなって思う。


ラオに言えばきっと会わせてくれるだろうけど元の世界に‘あたし’がいる限り、あたしは戻れないからこれも実は結構問題なのかもしれない。


ここから出て、ラオと会えた時にきちんと話し合おう。


…だからあたしはここから絶対逃げ出さなきゃいけないんだ。


そう思うと不思議なことに不安や恐怖よりも絶対やってやるんだという気持ちが奮起する。


少し騒がしくなった廊下の音に耳を傾ければ足音が聞こえて来る。それは少しだけ他と違って重い音だ。


毎日三回必ず部屋に訪れるこの音だけは覚えてしまった。


扉に顔を向ければ案の定食事を持った男がいつものようにノックもせずに入ってくる。


置かれた食事に手をつけている間も毎回変わらず壁に寄りかかってジッと見つめてくる視線にも慣れてしまった。


ゆっくり食べていたあたしに男は珍しくいつもと違う台詞を口にする。




「…早く食え。時間が無い。」


「時間?」


「お前には関係の無い事だ。」




はい、それは十中八九集会のことでしょう?


準備をするって話を聞いてから慌ただしくなった廊下の音を聞けば問わなくたって分かる。


外からは絶えず人の足音や何かを指示したり、聞いたりと色々な人の声が現在進行形で飛び交って、この牢屋にまで響いてくるのだ。


質問をザックリ切られて仕方なくご要望通りペースを上げて食べ終えると男は普段よりもやや素早い動作で部屋から出て行ってしまった。


集会の始まりが近いとあたしの勘が告げる。





 

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