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魔王と婚約者の一日(1)

 








遠くから鳥の声が聞こえて来る。


チチチチ…と可愛らしい鳴き声に重たい瞼をこじ開けると、柔らかな朝日がカーテンの隙間を縫ってシーツを輝かせていた。


しかし窓の外に見える空はまだ薄明るく夜明けを迎えたばかりの色。起きるには随分と早過ぎる時間帯だろう。


ぼんやりと窓を眺めていれば背後の存在がモソリと動いた。


腰に回されていた腕に力がこもり、肩口をサラリとした感触が触れる。




「…もう、起きる…のか…?」




もともとのんびりとした口調だけれど、眠気のせいか殊更ゆったりとしている声が耳元で囁く。


起床を確認する言葉とは裏腹にガッチリ引き寄せる腕から力が抜ける様子はない。




「起きないわ…早過ぎるもの…。」


「……そうか…。」




満足そうに低く笑い、後ろからギュッと抱き付いてくるラオに苦笑した。


小さな弟ができたようでついつい甘やかしてしまう。良くないと分かっていても子供みたいに真っ直ぐに向き合ってくるから無碍にも出来ない。


そっと繋いで来た手に少しだけ力を入れて握り返せば、大きな手がしっかりと握り返してくる。


背中越しに感じる温かさに目を閉じれば柔らかな微睡みに包まれていった。










布が擦れ合うような音にふっと意識が浮上した。


背中に感じていた体温がなくなっており、顔を上げると少し離れた窓辺で外を眺めているラオがいる。


気持ち細められている瞳は鋭く凛とした雰囲気を纏わせていた。


そういう姿を見ると彼は本当に上に立つ者なのだと改めて思う。


ジッと見つめていると視線に気付いたラオが振り返って瞳を和ませ、音もなく近寄ってくると静かにベッドに腰掛ける。




「お早う。」


「おはよう。もう起きる?」


「あぁ。」




髪が乱れていたのか頭に触れてくる。大きな手は少し冷たくなっていて、彼がかなり前に起きていたのだと分かった。


あたしもベッドから起き上がって身支度を整えるために隣室へ向かう。


そこには既に侍女が数人待機していてあたしが何時起きても良いように準備を整えているのだ。




「おはよう。」


「お早う御座います。今日も良い天気ですよ。」




仲の良い侍女がニコニコ顔でそう言う。顔を洗って、肌のケアをして、髪を梳かされ、ドレスに着替え、そうして軽く化粧をされる。


手馴れた様子であっと言う間に終わった。毎日見ても流石だと思う。




「そういえば、魔界に天気の悪い日なんてないのかしら?」




あたしがコチラに来てから一日だって嵐や雨が降っているところを見たことがない。


雨が降らなくて大丈夫なのかとか、そもそも天気事態悪くならないのかとか、くだらないかもしれないけれど色々気になる。


あたしの言葉に侍女はクスクスと母親のような穏やかな笑い声をあげた。




「魔界の天気は陛下のご気分によって変化します。リールァ様が城に訪れて陛下のご機嫌がよろしいのでしょう。」


「へぇ…。」


「私もこんなに長期間お天気の良い魔界は生まれて初めてです。」




ラオのご機嫌で天気が変わるなんて大変ね。


気恥ずかしさを隠すように「そんなものなのね。」と言えば侍女は頷いて「リールァ様は陛下の唯一ですから。」と自慢げに言う。


最後に髪を仕上げてラオの部屋に戻ると朝食の並べられたテーブルの傍に彼は佇んでいた。


彼も着替えを済ませて何時も通りの黒を基調とした重そうな服を着ている。


促すように引かれた椅子に座る。向かいに彼も座って朝食に手を伸ばした。




「ラオ、今日の執務は?」


「…何時も通り、書類整理。それと会食が…、」


「会食?」




誰と会食するのか聞いても眉をハの字に下げて口をもごもごさせる。


どうやら言いたくないらしい。


でもそこで諦めてあげるほど、あたしは優しくはないの。




「あたしに言えないような相手なんだ?」




ちょっと意地悪な言い方をすれば目に見えてギョッとした顔をするラオ。慌てた様子で違うと首を横にブンブン振る。


そうしてどこかバツが悪そうに視線を泳がせながら会食相手を白状した。




「インキュバスの長と、会食する…。」




なるほど、インキュバスか。それじゃあ確かにあたしに教えたくない訳だ。


他者の精気を糧にするインキュバスにとって人間は餌、そのあたしが傍にいてはラオも気が気でないだろう。


会わせたくないならキチンと言えばいいものを…。




「なら仕方ないわね。あたしは書庫で本でも読んで待ってるわ。」


「…すまない…。」


「良いのよ。あたしも餌食になるのは嫌だしね。」


「っ、そんな事は絶対にさせない…!」




唸るようにそう呟いてナイフを握り締める魔王に笑ってしまった。


本当に彼はあたしのこととなると子供みたいになってしまう。


朝食を食べ終えて部屋にまだいたいと渋るラオの背を押しながら執務室へ向かう。途中で擦れ違う城の使用人たちから挨拶をされたり、ラオの側近と偶然鉢合わせたりしながら目的地に着いた。




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