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君の名を呼ぶ 勾引編(5)

 







シンと静まり返った部屋の中、ベッドから起き上がって足枷の鎖を目で辿ると無駄に大きな鉄球がくっついている。


試しに足で動かしてみたらかなり重い。少なくとも十キロはあるだろう。


これでは動くのも一苦労じゃないの。


嫌になってベッドへ寝転んでしまえばお世辞にも良いとは言えない布のゴワゴワした感触が頬に触れる。


…セスさん、どうしてるかな。


突然いなくなって怒っているだろうか?それとも探してくれてるのだろうか?


どちらにせよ申し訳ない気持ちが胸の中に広がった。


気をつけるように再三注意されていたのに何でこうも簡単に捕まってしまったんだか…自分の無防備さを今更になって痛感する。


……ラオ、どこまで追いついたのかしら…。


こんなことになってるなんて知らないかも。呆れるか、怒るか、心配してくれるか。


ラオが助けに来てくれたら嬉しい。


でも、あたしは何時来るか分からない助けを待っているだけのお姫様なんかじゃないから。


どこかで上手く逃げ出せるチャンスを見つけなきゃ。


ベッドのシーツに顔を押し付けながら考えてみる。


あたしは今どこにいるのかしら?


じめじめしているから湿気が多い場所なのは確かだ。


男とのやり取りなど部屋へ来るまでの出来事を思い起こしてみれば、妙な暗さが頭に引っかかる。目を覚ました部屋も、通路も、この部屋も、窓が一つもない。


ワザと付けないのか、何か事情があって付けられないのか。


…もしかして地下なんじゃ…?


地下は暗いし、涼しいし、湿気も多量にある。窓が無いのも地下だから付けられないのだ。


そう考えればこの場所の欠点の多さも頷ける。


地下は生活し難いけれど見つかる確率も低くなるし、堅気ではなさそうな男を見る限り、後ろめたいこともしているだろう。


入り口さえ分からなければ地下ほど安全な場所はない。


だとすれば逃げるときは上に向かって行けばいい。


次はこの手枷と足枷をどうするか、である。


ジッと手枷を眺めていると扉から鍵の開く音がしてガタイの良い男が入ってきた。その手には盆らしきものといくつかの器とカップが置かれている。




「食事だ。」




テーブル脇の小さな棚の上に置かれた。


起き上がって見れば男は少し離れた壁に寄りかかって腕を組んでいる。




「さっさと食え。」




盆の中を覗き込んでみると丸いパン一つ、何かの焼き肉とサラダ、スープ、カップには水が入っていた。


とりあえず食事の挨拶をしてから無難にパンに手をつけてみるが別段おかしな味はしない。


良かった。カビたものとか押し付けられなくて。


あたしはこれと言って食事にうるさい訳ではないから出されたものを黙って消費していく。男も無言であたしが食事するのを眺めている。




「ごちそう様でした。」




両手を合わせて始めと同じように頭を下げると男が不思議そうに見てきた。


けど何かを言うこともなくお盆を持って無言で部屋を出て行く。ガチャリと鍵をかけることも忘れずに。


あぁ、そうだ。まずは鍵を開ける方法も考えなきゃいけないじゃない。


思ったより山積みな問題に自然と溜め息が零れ落ちた。







































 


誰かが頭を撫でている。


でもそれはあたしの好きな人じゃないことだけは分かった。


ラオは本当に優しく、それでいて愛おしむように髪を梳き、名残惜しそうにまた撫でる。


けれど今頭に触れている手は髪の感触を楽しむように髪を梳いて、硬い指が耳の形を丸くなぞっていく。


分かってはいるけれど目を開ければやっぱりラオじゃなく、あたしを誘拐したヤツらの親玉がニヤニヤとした笑みを浮かべながらベッドの縁に座っていた。


よく寝れるなと皮肉を投げかけられる。




「…離して。」




ほんのちょっとの落胆と苛立ち、触れられたくないという気持ちを全部詰め込んだ言葉に男は指へあたしの髪を絡ませ、弄ぶ。




「嫌だと言われるとやりたくなるもんだよなぁ?」


「性格悪いわね。根性ねじ曲がってるんじゃない?」


「アッハッハ!俺にそんな口利くのはオマエくらいなもんだぜ!」




大口を開けて笑った後、グイと髪を引っ張られてあたしは男に無理やり顔を寄せられた。


眼前にある金の瞳は愉しそうな色を宿してはいるものの、ほんの少しだが獰猛な光が見え隠れする。


引き摺りあげられた頭が痛い。


顔を歪めるあたしを金の瞳に映しながら男は低い声で言う。




「一秒でも長く綺麗な体でいたいんなら、俺を不愉快にさせないこった。」




その細い体を傷物にしたくはねぇだろ?


ゾッとするような声に不覚にも体が震えてしまった。


それに目敏く気付いた男は喉の奥で笑ってあたしの髪を手放す。重力に従ってベッドへ沈んだ頭に男の嫌な笑い声が残る。


男は何時の間にか部屋から姿を消していた。


けれど起き上がる気力はあたしに残っていない。


生まれて初めて本当の身の危険というものを感じたせいか、体の震えはなかなか治まらない。


自分の体を抱き締めると指先が氷のように冷たくなっている。


城がどれだけ安全な場所だったのか、セスさんがどれだけ守っていてくれたのか今になって実感した。


彼らはこの恐怖から常にあたしを遠ざけていてくれたんだ。


零れそうになった涙を唇を噛み締めて押し留め、一層強く体を掻き抱く。


触れた痣の温かさがゆっくりと全身に広がって少しずつ震えが消える。


詰めてしまっていた息を吐き出せばどっと体がダルくなり、ぐったりとベッドに横になった。


目を閉じるだけであの逞しい腕に抱き締められていた感触を思い出せるのに、欲しいそれはどこにもなくて、寂しさが胸を覆い隠してしまいそうになる。




「…会いたいよ、ラオ。」




そうして強く強く抱き締めて欲しい。


叶わない願いに吐き出した息だけがか細く震えていた。





 

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