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君の名を呼ぶ 勾引編(2)

 








突然掻き消えた気配にしまったとセオフィラス――彼女に教えた名は友人が口にする愛称だ――は目を見開いた。


しかし振り返った時には既に遅く、息子の婚約者であり恋人でもある少女の姿は影も形も見出せない。


偽名を呼ぼうとも返事は全く返って来ず、通り過ぎる人々が彼へ胡乱な瞳を向けるばかり。


ほんの少しの気の緩みが招いた最悪の状況に頭を抱えたくなった。


何千年も生きたこの世界の(ことわり)は嫌と言う程身に染み付いていたはずだった。


どんな下級な魔族でも、魔力があるだけまだマシだが、彼女は本当に無力でか弱い人の子。精神(こころ)も体も柔い少女は手加減を間違えただけで大怪我を負うだろう。


そんな事になれば息子がどれ程怒り狂うか想像が付かない。


セオフィラスは周囲の屋台の店主に声をかけ、息子の恋人の特徴を告げて聞き回ったが誰一人として見た者はいなかった。


…一度体勢を立て直さねばならんか。


引き払ってしまった宿に戻り、改めて部屋を取ったセオフィラスは備え付けの鏡の前に立つ。


磨かれた鏡に左手を沿えて滑らすように真横へ撫で上げれば、景色を写していた表面が黒一色に塗り潰され、すぐに今いる部屋とは別の景色がその向こう側に広がった。




「誰か居ないか。」




静かにかけた問いに鏡の向こうから「居ります…何方(どなた)へ御用事であらせられますか?」繋ぎ係の凛とした声が返ってくる。




「キアランを出せ。」


「畏まりまして。少々お待ち下さい。」




言葉と共に鏡の向こうが一瞬歪んだかと思えばスッと音も無く目的の人物が姿を現した。


やや垂れ目がちなアメジストの瞳に肩口から緩く編まれた青色の髪を脇から流し、キッチリと服を着込んだ青年は鏡の向こう側に立つセオフィラスを見て一度だけ大きく目を見開く。




大元王(だいげんおう)、…」


「久しいな。」


「えぇ、御久し振りに御座います。積もる話もありましょうが、リールァ様はどちらに?」




己の主君の父親であるにも関わらず、それよりも主君の婚約者の居所を聞いてくる青年にセオフィラスは苦笑する。




「居ない。」


「は、?」


「忌々(ゆゆ)しき事態だが、何者かに勾引(かどわ)かされてしまった。」


「っ、何ですって?!貴方と言う御方はそんな所で何を暢気にしているのです?!!」




勾引かしという言葉を聞いた瞬間、烈火の如く怒りを露わにし出した青年に流石の前魔王も驚きに思わず身を引きかけてしまった。


鏡の向こうではアメジストの瞳がそれこそ射殺さんばかりに己を睨んでいる。


今回は自分の気の緩みが招いた失態である故に言い逃れるつもりは微塵も無い。




「息子はもう出てしまったか?」


「えぇ、とっくに城を飛び出されて行かれましたとも。地位を譲ったとは言えども貴方は魔を統べていた御方、一人の人間も護れないとは如何いう事なのかご説明頂けますね?」


「そういきり立つな。余とて想定外の事態だ。」




共に街中を歩いていたが、突然傍にあった彼女の気配が掻き消えた旨を青年へと告げた。


人間が気配を消すなどと言うことは魔術師でもない限りは出来ない。


気配がなくなるということはその者が死ぬか、第三者の手によって故意に消される場合のみ。もしも後者であったとしてもそれは気配を出している者が気を失わねば起きぬことである。


つまりはどちらに転んでもラナの身が危険に晒されてしまっていると言うことに変わりは無い。


青年は数秒目を閉じた後に鋭い視線でセオフィラスを射抜いた。




「王へお伝え致しました。遅くとも日が暮れるまでには其方へご到着されるようです。」


「すまんな。」


「いいえ、私は王の為に動いているだけです。…リールァ様にもしもの事がありましたら、その際は御覚悟された方が宜しいかと。例え大元王であろうとも容赦致しませんよ。」




ピリピリと伝わってくる殺気に目を伏せる。




「判っておる。」


「では私の方でもリールァ様の気配を探っておきます。王と合流されました後に再度御呼び下さい。」


「あぁ。」





挨拶も無しにパッと切られた交信に今度こそセオフィラスは深い溜め息を零した。


己の予定では更に大陸を越えて大都市を五つ程過ぎた辺りで息子が追いつくだろうと算段を立てていたが、まさか少女だけを連れ去られるとは思っていなかったのだ。


触れでは少女と己二人、と明記してあったのだからそう思うのも当たり前だろう。


報奨欲しさからなのか、それとも少女を利用する目的なのか。


既に己を顔を映し出す鏡をジッと見据えていたセオフィラスは不愉快そうに目を細める。


ピシリと小さな音が聞こえ、壁にかけられていた鏡が粉々になって床へと降り注いだ。


…何にせよ、余も甘く見られたものだ。


前王とは言えども長く生きてきた魔族であれば己の顔も気配も知っている。


手を出そうだなどと思う者などいない。いるとすれば息子に王位が移ってから生まれた青二才たちだ。


予定を狂わされ、オマケに少女も連れ去られ、セオフィラスの機嫌も一気に急降下していく。


息子が到着するまでに多少なりとも情報を得よう。


宿から大通りへ出れば空は何時の間にか暗雲が立ち込め、地面を雨が濡らしていた。


どう見ても魔王である息子の機嫌の悪さが伺い知れ、此れは本当に覚悟しなければ不味いなと宿の店主から傘を借りる。


向かったのは色鮮やかな建物がひしめき合う花街だった。


まだ日も高いと言うのに道を歩いているだけで傍に歩み寄ってくる女たちを軽くあしらいながら、今朝まで臥所を共にしていた女を捜す。


美しい女というのは大抵色々な客から大量の情報を得ているものだ。


大勢の女に囲まれながら周囲を見回していたセオフィラスによく通る女の声がかけられた。




「貴方、まだ街から出ていなかったのね。」







 

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