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君の名を呼ぶ 勾引編(1)

 








翌朝、心行くまでぐっすり眠ったあたしが着替えて宿の階下に下りると既にセスさんが食堂の席についていた。


どうやら食事は先に済ませてしまったらしい。


その横には昨夜お持ち帰りされた美女が我が物顔で座ってる。


別にあたしには関係ないから構わないのだけれど、コッチを見て勝ち誇ったような笑みを浮べるのだけはちょっと気に入らない。


セスさんはあたしの恋人でも、ましてやあたしの物でもなんだからいちいち突っかかって来ないで欲しいわ。




「おはようございます。」




美女とは反対の席につけば酒を楽しんでいたセスさんは上機嫌そうな声音で挨拶を返してきた。


彼女はあたしが嫌いなのか完全に無視を決め込んでいる。


傍を通りかかる食堂の人にオススメ料理を注文し、一生懸命セスさんに話しかけたり体を寄せたりする美女を観察してみた。


細い体に女性特有の丸みを帯びた綺麗なラインは服の上からでもハッキリ分かるくらい豊満で、平凡なあたしとは比べるべくもない。


…ラオってあたしのどこがイイのかしら?


貴族の美しい美女たちを蔑ろにするほどあたしに魅力なんてないと思う。


でも選んでくれたのはラオだから結構嬉しかったりする。…恥かしいから本人には絶対に言えないけれど。


あたしが入る隙間なんてないくらいに必死な様子の美女に笑ってしまった。


女の人って、何ごとにも一生懸命よね。


笑ったあたしを勘違いしたのがジロリと睨んでくるものだから、余計に笑いが治まらなくなる。


…可愛いなぁ。


目の前の美女がセスさんに恋心を抱いているかはハッキリと分からないけど、必死な姿はとっても可愛い。


昨夜は嫌だなと思っていたクセに今日のあたしの心はかなり寛大なようだ。


気紛れ過ぎる自分の心にある意味感心しつつ、運ばれてきた料理に手を付け出せばセスさんは漸くあたしを見やった。




「其れが済んだら出立するぞ。」


「もうですか?」




チラリと美女を見れば長い睫毛を伏せて悲しそうに視線を落としている。


たった一晩しか共にいられないのは、きっと、とても苦しい。


だが、だからと言ってあたしが何か出来るわけでもない。出発を先延ばしにしたとしても、いつかは別れてしまうのなら、早い方が傷も浅くなると思う。




「…分かりました。」




美女には悪いがあたしにも訳がある。


魔王から逃げなければいけないのだ。


ふっと頭の中に逃げる自分と追いかけるラオの図が浮かび、城にいる頃とそんなに変わらないなと気付くと同時に心が温かくなる。


…早く見つけてくれないかしら?


どんな表情で、どんな風に見つけてくれるのか。


城から逃げたことを怒るのか、シェリル嬢とのことを謝ってくれるのか、心配したと泣いてくれるのか。


逃げながら待つというのも案外楽しいものかもしれない。


手早く朝食を済ませたあたしが声をかければセスさんは残っていた酒を全部飲み干して席を立った。


先に店の出入り口に向かう視界の端で、美女とセスさんが何やら話しているのが見えた。美女が泣きそうな顔で縋り付いていたけれどセスさんは何かを手渡すと首を振って美女の肩を軽く引き離す。


余程ショックだったのか泣きながら美女はあたしの横を駆け抜けて店を出て行ってしまう。




「女泣かせ。」




ゆったりとした歩調で歩み寄って来たセスさんにそう言えば、「人聞きの悪い事を言うな。」と苦笑された。


本人も多少は自覚しているのか少しバツが悪そうだった。


それ以上は何も言わずに宿を後にし活気のある街の大通りに出た頃、漸くセスさんが口を開く。




「女とは不思議な生き物だ。――…一夜共にするだけで情が湧いてしまう。」




見上げた先には困惑とも不安とも取れる表情で頭を掻くセスさんがいる。




「女性は何ごとにも一生懸命なんですよ、きっと。」


「あぁ…そうだな。だからこそ女は愛らしい。」


「だからって摘み食いばかりしてるとそのうち背後から刺されますよ?」


「…恐ろしい事を言うな。」


「なら少しは自重してみたらどうですか。」




茶化し半分、本気半分でそう返したあたしの頭を彼はやや乱暴な動作で撫でていった。


それから何時ものニヤリとした笑みで「女が余を放って置かんのだ。」なんて言うものだから、その背中を思いっきり叩いてやった。


あたし程度の力じゃ痛くないのか愉しげに喉の奥で笑う。


生きている限り、もしかすると人は誰でも迷って、悩んで、苦しむのかもしれない。


…あたしもセスさんも皆生きているんだ。


ちょっとだけ遠くにあったセスさんの存在が近付いた気がした。


だからなのか、気の緩んでいたあたしは咄嗟に対処し切れなかった。




「!」




グイと横にあった細い路地から突然伸びてきた太い腕に引きずり込まれ、声を上げる間もなく薄暗い道へ体が傾ぐ。


―――…セスさん!!


伸ばした片手がその背に届くか否かというところで腹部に重い衝撃が走る。


気絶してはダメだと頭のどこかで警鐘が打ち鳴らされているのに、あたしの意識はあっさり闇へと落ちていく。




「――――ラナ?…ラナ!」




とても遠くでセスさんの焦った呼び声が聞こえた気がした。







 


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