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それを大事と言うんです(2)

 







あの御触れがあったせいなのか、セスさんは一旦路地裏に入るとあたしの髪と目の色を魔力で変えた。


髪は金に、瞳は青色に。彼は髪も瞳も灰色にしたようだ。


何というか、髪や瞳の色が変わっただけで全然違うように見えるのだから、不思議よね。


堂々と街中を歩いているのに誰も気付かない。


そのままセスさんは近くにあった店に向かった。店の看板にはよく分からない生き物の絵が描かれていたけれど、あまり上手ではなくて何が描かれているのかサッパリ分からない。


これ、自分で書いたのかしら?


そんなどうでも良いことを考えながら後に続くと動物独特の匂いが広がった。


店内にはいくつも檻があって、その中にはやっぱり見たこともない生き物が沢山いる。そんなものが所狭しと置かれた中をセスさんは悠々と歩く。


長身の彼で見えないけれど、「いらっしゃい」と少し皺枯れた男の人の声が響く。


横から顔を覗かせると杖をついたおじいさんがいた。


背筋の真っ直ぐなおじいさんは声よりもずっと若く見える。




「ウェルデを一頭買いたいんだが。」




セスさんの言葉に分厚い紙の束を巻くってから、おじいさんが一言「いるよ。」という。


いくらかと聞けば指を四本上げた。


それだけで分かったらしいセスさんは、また懐から、先程とは違う色の金貨を四枚置いた。


おじいさんはそれを受け取ると奥へとゆっくりした足取りで消えていく。


恐らくあれがここのお金なのだろう。あたしは一度も使ったことがないけれど、旅をする以上は覚えないといけないと思う。


今度教えてもらわないとと思っていれば戻って来たおじいさんの手には三十センチ四方くらいの檻があって、鍵を開けられると中からホワイトタイガーにソックリな生き物が出てきた。


ただしその背中には真っ白な翼が生えている。


可愛いけれど不思議なその生き物はセスさんに抱きかかえられ、今度はあたしへ手渡された。


大きさは普通の猫くらい。柔らかな毛を撫でると気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす生き物を抱えて、店を出る。




「この子なんですか?」




町の外へ外へと向かうセスさんに聞くと、移動手段だと言う。


こんな小さな子が役に立つのかしら?


見下ろすと腕の中で静かにあたしを見上げてきた。何か名前をつけてあげた方がいいわよね。


白いから白、では安直過ぎる。けれど白という意味を持った名前にしたい。


スタスタ歩くセスさんの背中を追いかけながらあたしは頭の中から必死に白にまつわる単語を探し出していた。


漸く町の郊外へ抜けた頃、あたしの頭の中に良い単語が浮かび上がった。




「ベルーガ!」


「……何だ?」




思い出せたのが嬉しくて、言葉に出すとセスさんが振り向く。


あたしが抱えている白い子の新しい名前です、白という意味なんですけど、響きが素敵ですよね。


そう言えば、いつものニヤリとした笑みではなく、親が子どもの成長を見守るような穏やかな笑みが返って来た。




「そうだな。良い名だ。」




くしゃりとあたしの頭を撫で、それから腕の中にいたベルーガをセスさんは地面へ抱き下ろす。


そうして何かを小さく呟くと猫くらいだったベルーガの体が一瞬で巨大になる。全長二~三メートルくらいは絶対にある大きさだ。


驚く間もなく腕を引かれてベルーガの背に乗せられ、あたしの後ろへ支えるようにセスさんが飛び乗れば、ベルーガが地面を蹴る。


ばさりと左右の翼が羽ばたいて空へと駆け上がった。


高く、高く、どこまでも上まで行ってしまうんじゃないかと思うほど上空まで来るとベルーガは上がるのを止めて水平に走り出す。


翼を動かしながらも、宙を滑る様に走るベルーガの背は不思議なことに無風だった。




「すごい…、」




足元に広がる緑と、頭上に広がる青。


大地と空の美しいコントラストと壮大な景色にあたしは口を開けて見惚れることしかできなかった。


都会暮らしだったあたしからすれば、こんなに緑のある場所なんてそうそうお目にかかれない。だけど目の前に広がる光景はどこまでも果てしなく広がっていて、途中にある小さな村や家々はとても可愛らしい。


この世界をラオは治めている。こんなに広大な世界の王が、あたしの婚約者。


まるでおとぎ噺の中に迷い込んでしまったみたいだわ。


眼下に広がる景色を眺めていたあたしにセスさんが穏やかな声で聞いてくる。




「空は初めてか?」


「えぇ。そもそも城からだってほとんど出たことがありませんから。見る者全部が目新しいです。」




街を行く人々も、賑わいを見せる露店も、空を翔る楽しさも…本当は全て、ラオと一緒に感じたかった。


何時も一緒にいると約束したのに見渡す限りどこにも魔王の姿はない。


セスさんには悪いけれど、やっぱりあたしが一番一緒にいたいと思うのはラオだから。


後ろにいる彼はとても楽しそうだけど、もしもラオが迎えに来てくれたなら、あたしはラオの元に戻ると思う。




「…セスさん。」


「何だ?」


「あたしってやっぱりラオの婚約者で、恋人で…契約者なんですね。」




傍にいないことがこんなに不安に感じるなんて。


逃げてみよう。あたしも全力で。


逃げて、逃げて…そうしてラオが全力であたしを捕まえてくれたなら、その時は本当に、あたしはラオのものになろう。




「…今更気付いたか。」




あたしの言葉にセスさんが呆れた声でそう言った。


まるで何もかもお見通しだったような様子にやっぱり、となんて笑ってしまう。


あたしよりも、ラオよりも、ずっと長い時を生きているセスさんだもの。あたしの思いなんて全部分かってたのね。


それがちょっと悔しかったから「でも逃げるのは全力でやりますよ。」と言ったあたしに、彼は初めて大きく口を開けて笑った。






 

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