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それを大事と言うんです(1)

 







チチチ…と窓の外にとまった小鳥が可愛らしい鳴き声を奏でる早朝。


とてもスッキリした気持ちで目を覚ましたあたしは顔を洗う。


何時もならば侍女がいるので、自分で髪を梳かすのも服を着替えるのも久しぶりだった。


昨日と似たようなワンピースを着て備え付けの姿見で全身を確認し、おかしい所がないか確認をする。


…化粧しないのも久しぶりだわ。


濃くはないが何時も薄っすら化粧をしていたのですっぴんは本当に久しぶりで、鏡に映る普段よりも幼い顔立ちをぼんやり眺めていれば部屋の扉がノックされる。


鏡から顔を離し、扉を開けると目の前にはセスさんが立っていた。




「支度は出来たか。」




濃い藍色の服に身を包んだ彼はそう聞いてくる。


とりあえず頷けば宿を出る旨を告げられた。だがセスさんの両手に荷物らしきものは一つも見当たらない。


荷物はないのかと問うと仕舞ってあると返され、小首を傾げてしまう。仕舞うって一体どこに入れてあるのかしら?


ついつい背の高いスラリとした体を見つめてしまい愉しげに笑われてしまった。




「此処には無い。」


「‘ここには’?」


「気になるのは分かるが…其れはまたの機会にして、朝食を摂りに行こう。」




はいと返事をする代わりに小さく腹の虫が悲鳴を上げる。


思えば昨日はほとんど食事らしい食事を摂っていなかった。そのせいか、背中とお腹がくっついてしまいそうな感覚がする腹部を手で押さえた。


恥かしいことにセスさんにはしっかり聞こえていたらしい。


口元を手で隠して笑うと、早く行った方が良さそうだななんて部屋を出るよう促されてしまった。


部屋の鍵を受付にいた人へ返したセスさんに連れられて通りに出れば一気に人込みに包まれ、驚く間もなく流されそうになり、グイと腕を横から引かれて難を逃れる。


顔を上げた先には呆れた表情で「お前は迷子になるのが好きなのか?」と言われた。


そんな人いるわけないじゃない。


文句を言う前にセスさんはあたしの腕を引いて歩き出す。強引なように見えるが、歩調はあたしの速さに合わせてゆったりとしている辺りがすごく紳士的だ。


暫く歩いているとこじんまりとした店の入り口を開ける。




「いらっしゃい!」




恰幅の良いおばさんが元気な声と共に笑顔で迎え入れてくれた。


適当なテーブルに座ると水が出され、二人分のメニューを差し出される。




「ありがとうございます。」


「あら、どう致しまして。礼儀正しい子ねぇ。」




ニコニコと人好きのする笑みでおばさんがあたしの頭を撫でた。もう十八だというのに子ども扱いされてしまい、何とも言えない気持ちになる。


化粧をしていないあたしは日本人特有の童顔さのせいか実年齢よりも下に見られているらしい。


隣で小さく肩を震わせている前魔王を肘で軽く小突きつつ、メニューを開く。


あまり見慣れない名前の料理の横には分かりやすく写真が載っている。


どれもこれも城で食べていたものと違って、とても家庭的で、美味しそうだ。


どうぞと言う風にセスさんに手で示されたので遠慮なくあたしは料理に手を付ける。




「美味しい!」




思わず零れたあたしの言葉におばさんが嬉しそうに笑った。


セスさんは笑っていたけれど、本当に文句なしに美味しいのだから仕方ないわ。


のんびりと、とても綺麗に食事をするセスさんの横にグラスが置かれた。中には綺麗な琥珀色の飲み物が入っていて、彼はその香りを楽しむように鼻の前で一度揺らしてから一口飲む。


無駄に優雅な動きはラオによく似ている。


…今頃どうしてるかしら…?


少しだけ感じた寂しさに同じくらいの苛立ちが募る。


良いのよ、別に。あんな綺麗な許婚がいるんだもの、あたしが少しくらいいなくたって問題ないでしょ。




「それって何ですか?」




気分を紛らわそうとセスさんが手にしているグラスを示せば、あっけらかんとした様子で酒だと言う。


こんな真昼間、というか朝から飲むの?


まじまじと見つめていれば琥珀色の液体を少し掲げて飲むか?なんて聞いてくる。




「いえ、あたしは遠慮しときます。」


「ククッ…そう尖るな。食事は人生の中でも数少ない楽しみの一つ、その時くらい酒を飲んだって良いではないか。」


「…その自論だと毎食飲むように聞こえるんですが。」


「飲んでるぞ。」


「ちょっとは自重しないんですか、あなたは。」




愉快そうに笑っていたセスさんが懐かしそうに目を細めた。


それからまたグラスに口をつけて酒を流し込むと、あたしを見つめた。




「妻もよく酒ばかり飲む私にぼやいていたな。」


「それは言いますよ。普通。」


「あれも何分気の強い女だった。お前の方がまだ淑やかではあるが。」




どうやらセスさんの奥さんは随分気の強い人だったらしい。


ラオのお母さんでもあるその人の話を聞きたかったけれど、酒を全部仰ったセスさんは立ち上がる。


食事を終えていたあたしも釣られて立ち上がれば彼は懐から数枚の硬貨をおばさんに差し出す、おばさんは硬貨を受け取るとニッコリ笑ってまた来なよ!とあたしたちを店から送り出してくれた。


目的地が決まっているのか迷いなく歩くセスさんの背をあたしも追いかける。


ふと、道の端にやけに人だかりが出来ていることに気が付いた。


気になって横を通り過ぎながら覗き見てみると高級そうな洋紙を持った男の人が声も高らかに書かれている内容を呼んでいるところだった。




「この二名を捕らえよとの御通達!傷一つなく捕らえ、城まで連れて来た者には報奨として望む物を一つ与えるとの御言葉、見覚えのある者、腕に自信のある者は我々の元まで来られたし!!」




もう一人いた男が何か丸いものを手元で弄り、映像を宙に映し出した。


そこに映っていたのはドレス姿のあたしとやや軽装のセスさん。


驚いて立ち止まりそうになったけれど、前を歩いていたセスさんが腕を掴んだためそのまま通り過ぎてしまった。




「ちょ、え、何ですか今の?!」


「息子が触れを出したのだ。何、案ずるな。此れくらい予想していた事だ。」


「予想って…これ全国に出回ってるんじゃないんですか?!」


「そうだな。そうでなければ触れの意味がない。」


「……もしかして、これを狙ってたんですか…?」




上機嫌な声にまさかとセスさんを見上げれば、楽しくて仕方ないと言いたげな表情で口元をニヤリと引き上げた。




「当たり前だ。お互い全力を出した方が面白くなるだろう?」






 

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