お茶会は女の戦場(2)
あたしがクッキーを食べ終えるのを見計らったように貴族の奥方が口を開く。
「リールァ様と陛下は仲がよろしいのね。」
羨ましい限りですわ。ピリピリとした空気を気付かないフリして笑う。
確かに顔良し、スタイル良し、地位も名声もある男を放っておくほど女という生き物は愚かではない。
あたしにとってはそれほど重視していないそれらだけど、彼女たちのような美女はイイ男を捕まえることが自身のステータスにもなるのだ。
ハッキリ言うと理解できない。
何とも思ってなくてもイイ男だったら彼女たちは挙って競い、男を落とそうとする。
気持ちなんて二の次らしい。
そういうのってあたしは好きじゃないし、好きでもない男と寝れるほど器用でもないし。
あぁ、でも、今はラオの婚約者だから誰かと付き合ったりしたら危険だな。主に相手の男が。
自分がいない間に別の男とあたしが一緒にいると彼はすごく怒る。
それこそ相手の男がビビって気絶するくらい強烈な怒り様だ。
…嫉妬深過ぎてコッチが呆れてしまう。
だけどその後に反省した顔で見つめられると強く言えないんだから、やっぱりあたしはあのギャップがあり過ぎる魔王陛下にちょっと絆されちゃってるのかもしれない。
「あぁ、私も陛下と一夜を共にしてみたいわ。」
「あの素晴らしい体躯に抱き締められてみたいものね。」
「リールァ様からお願いして頂けないかしらぁ?」
…アホか。何が悲しくて婚約者に浮気を持ちかけなきゃならんのだ。
何よりそんなコトあのラオに言ってみなさいよ。
あの人絶対泣くわ。それはもうこの世の終わりみたいな顔して、抱きつかれるコッチの身にもなってみろって感じね。
冗談で「浮気してもいいわよ、あたしもするから。」と言った時の嘆きようは凄まじかったなぁ。
あんな大きな男に大泣きされて大変だったんだから。
頬に手を当ててあたしの様子を窺っている三人にニコリと笑う。
「私が陛下に進言するなんておこがましいわ。皆様はとても御美しいんですから御自分で陛下に申し出てみてはいかがでしょう?」
「そうね、そうしてみましょう。」
「それにしてもリールァ様は本当に陛下に愛されていらっしゃいますのね。」
「どうすればその様に愛されるのか知りたいものですわぁ。」
知 る か 。
むしろあたしの方が聞きたいくらいよ。絶世の美女たちをフってまで、平凡なあたしを理由なんて本人に聞いてよ。
さぁとはぐらかせば、貴族の娘がうっそりと笑う。とっても厭な笑み。
「もしやリールァ様は夜が御達者なのでは?」
「あらぁ、そうでしたの?それは知りませんでしたわ。」
「それでは陛下が手離さないはずですわね。」
聞いておいてコッチの話を聞かず勝手に想像を膨らませて自己完結させる三人に一瞬だけ口元が引きつってしまう。
こらこら、何だってそんな方向へ話が進むのよ。
「いえ、そんなことありませんわ。」
「ご謙遜なさらずともよろしいのですよ?」
「謙遜ではありません。」
「でもあの陛下ですもの。夜は大変でしょう?」
二百五十余り生きているラオ。彼だって男だから色々な女の人と夜を共にしたことがあるらしい。
あたしと契約するまではかなり浮名を立たせていたとか。
本人から申し訳なさそうにその事実を告白されたけれど、まぁ男だからそれはそれで仕方ないんじゃないのと分かってる。
現在は全くそういうコトはしていないと本人も彼の側近も言っているし。
散々言われて苛立たないわけない。
それはもう最高にいい笑顔を浮べて、意趣返しに言ってやった。
「えぇ、それはもう…片時も離してくださりませんし、他の方といるだけで陛下はお怒りになられて。朝も夜も体が休まりませんわ。」
あんたたちなんてラオの視界にも入ってないと暗に言えばブリザードが激しさを増す。
全くなんでお茶会というのに和気藹々と出来ないんだか。
これならラオとお茶会している方が何百倍もマシ。
さて、どう反撃されるか様子を窺っていると不意に三人の顔色が変わる。
後ろに背負っていた黒い雰囲気とブリザードが消えて、恋する乙女のように少しだけ目元を赤く染めてあたしの背後に熱視線を向けていた。
…あれ、もうそんな時間経ったっけ?
振り返れば案の定全身真っ黒の魔王がコチラに歩いてくるところだった。
奥方や貴族のお嬢様はあたしの存在なんか忘れて今か今かとラオが到着するのを待つ。
あぁ、なんか面白くない。
ラオから視線を外してティーカップを傾けた。
ふわりと逞しい腕が首に回され、南国系の少し甘さを含んだ香りに包まれる。
「迎えに来た。」
甘えるような低い声が聞こえてきて肩口に顔が埋められる。
ティーカップをテーブルに戻し、横を見れば紅い瞳があたしを見つめていた。
「ちょっと早いわ。」
「そんな事は無い。時間通りだ。」
「そう?」
「あぁ…、早く戻ろう。」
美女三人の熱視線をモノともせずにあたしに甘えてくる。
そのせいであたしには鋭い視線が向けられているんだけど。視線で人を殺せるとしたら、あたしは確実に死んでいるだろう。
促されるままに立ち上がって淑女の礼をとる。
「申し訳ありません、迎えが来てしまったので今日はこれでお暇させていただきます。」
「え、えぇ。とても楽しかったわ。」
「私も皆様とお話が出来て楽しい時間を過ごせました。そうだわ、よろしければ先程のお話を陛下にしてはいかがでしょう?」
さっきの話と聞いて、ラオが何の事だとあたしと三人を見比べた。
‘自分と浮気して欲しい’なんて婚約者の目の前で言えば断られるに決まってるし、そんなことを魔王に面と向かって口に出来るほど彼女たちの地位は高くもない。
「いいえ、またの機会にさせていただきますわ。」
「そうですか?では失礼させていただきますね。」
「…リア、」
「分かってるよ。帰ったら一緒にお茶でも飲もう?」
「あぁ。」
嬉しそうな表情を浮べる魔王を半ば茫然と見つめる三人にニッコリ笑顔を向けて、あたしは歩き出す。
ラオが腕を出してきたのでスルリとそれに自分の腕を絡めた。
普段はあまりしないのだけれど、今は彼女たちへの牽制と仕返しを込めて腕を取ればより一層嬉しそうにあたしの頭に口付けてくるラオ。
「…上機嫌だな。」
「ふふ、ラオのお陰よ。高慢ちきにはいい薬だわ!」
「?」
訳が分からないと小首を傾げるも「今日の分の執務は終わらせたぞ」と若干得意げに言う魔王に、自然と笑みが浮かぶ。
仕返し上等、喧嘩は高値買取、最後に勝つのはこのあたし。