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父と息子の鬼ごっこ(2)

 







紅い瞳を片目を閉じると瞼の裏に小さな国の景色が広がっている。


数多くの街や人々の間を‘魔眼’が高速で擦り抜けていく。街の中、森の中…国の半分ほどを見て回った頃、漸く目的の人物を見つけ出した。


魔眼に映るのは山吹色のワンピースを着た恋人の姿。


ドレスではなく普通の人間や魔族の娘が着るような服で、街の露店を見て回っている。動きやすいからなのか足取りも軽やかに次から次へと店を冷やかしていた。


楽しげな笑顔を浮べて彼女が振り返った先には、前魔王の父が相変らず不敵な笑みを浮べてゆったりとついて来る。


…見るな。触るな。傍に寄るな。


そこは俺の場所だと美緒の隣に立つ父に殺気立つ。


向こうもとっくに見られていることに気付いているのだろう。魔眼越しに視線が絡み合った父親の口元が愉快そうに弧を描く。


その笑みを目にした瞬間、ブワリと一瞬にして地図が炎で包まれ、瞬く間に灰へと還った。


父親の意図を正しく読み取ったラオは、心底不愉快そうに眉を顰めて吐き出すように呟く。




鬼事(おにごと)でもするつもりか。」




両目を閉じれば駆けて行く父親と、腕を引かれて小さくなっていく恋人の背中が見え、余計にラオの機嫌は落下する。


あの人は他人を怒らせる事に関しては右に出る者がいないくらい、性根が腐っている。


相手にしたくない人物ではあるがこうなってしまっては仕方が無い。




「…良いだろう。精々逃げ回れ。」




父親への苛立ちと、嫉妬。そうして先程見えた美緒の笑顔に苦虫を噛み潰したような顔で灰になった地図を消し去った。


シェリルが城に来てから美緒はあまり笑わなくなった。


笑ってはいるが以前のように心から浮べていた笑みではなく、その場を取り繕うかのような無理な笑みはラオの胸を酷く締め付け、思い浮べるだけで痛みを覚える。


そんな顔をするなと言いたいのに、そうさせている原因が自分だと理解しているからこそ痛みを堪えた笑みに何も言えなかった。


自分が不甲斐無いばかりに最愛の恋人を傷付けてしまったのだ。


傷付けたくないと思っていたのに。


私室から飛び出して行った美緒は泣きそうな顔をしていたというのに、すぐに追いかけて行って抱き締めてやれなかった自分の手を見つめる。


今更だと言われるかもしれないが、シェリルを抱いた手で美緒を抱きたくなかった。汚してしまいそうで怖い。そんな思いが頭の中を過ぎり咄嗟に追いかけることを躊躇ってしまった。


もし自分がハッキリとシェリルとの関係を絶っていれば。追いかけ、抱き締めていれば、恋人が城から離れることもなかっただろう。


彼女が思っている程、魔界は安全な場所ではない。


今まで何とも無かったのは此処が魔王の城であったからであり、自分の眼の届く範囲だったから無事でいられたのだ。


王と言えど大陸を幾つも隔てた土地まで力を向けることは出来ない事はないがとても難しい。


少しでも気を抜けば無力な人間など魔族の餌食となる。此処は弱肉強食の世界なのだ。


とは言え父が傍にいる間は命の危機に瀕することは決してない。ラオからすれば全く面白い話ではないが前魔王と言うだけあって退位した後でも父の強さは健在している。


それを知っているからこそ何とも言えない苛立ちが募るのも事実だ。


勝算は低い。魔王という地位にいるが、それは父が王位を退いたからに過ぎず、あの男は未だ魔王として君臨するに足りる強さと力を持っている。


彼の半分程も生きていない自分が敵うかさえも分からない。


人間に比べれば随分と永い時を生きて来た癖に、何故自分はこんなにも馬鹿なのだろうと握り締めた手から血が滴り落ちる。




「―――…陛下、」




側近の声に手の平から力を抜く。やや鋭い爪でついた傷は深かったが痛みを感じることはない。


歩み寄って来ようとした側近を軽く手で制した。




「…大事無い。」




一度握ってしまえば傷も流れ出ていた血も綺麗に消えてしまう。


外見の傷なんぞは見た目の割りに痛みは少なく、放っておいても何時かは治ってしまうものだ。しかし心は違う。どれ程時が経とうとも消えず、やがて傷は徐々に広がり、より深くなる。


心の傷は治すのではない。


取り除くものなのだ。


不安も然り。自分のせいで不安を感じさせてしまったであろう恋人の顔を思い浮べた。


濃く漂う独特の鉄臭さを纏う手に唇を寄せ、ラオは側近に命令する。




「触れを出せ。――…父上とリアの映像はあるな?」


「はい、御座います。」


「殺す事は許さん。傷一つ付けずに連れて来た者には報奨をやろう。」


「宜しいので?」




そんな大事にしてしまっても。そう言外に聞いてくる側近にラオは笑った。


この遊戯を始めたのは父だ、恐らく触れを出す事くらい予想しているだろう。


だが父は一つ勘違いをしている。


俺は確かに美緒に執着し、恋し、愛を抱いている。けれどその程度がどれ程なのかあの男は真に理解していない。


子どもからお気に入りの玩具を取り上げたくらいにしか感じていないのだろうな。


そうでなければ城から連れ出したりなどしないはずだ。




「急ぎの書類及び執務を今日中に終わらせるぞ。」


「まさか、陛下直々に行かれるのですか?」




触れを出すのだから城で待てば良いのにと側近は内心で首を傾げる。


ラオは玉座の肘置きを愛しそうな瞳で見つめて撫でた。




「恋人を迎えに行くのもまた、恋人の勤めだろう?」




それに、どうせ他の者では捕まえるどころか触れる事すら適わぬ。


何せ相手は千年近くこの魔界を纏め上げ、その頂点に君臨してきた前魔王である父なのだから。


もし敵うとするならばその息子である自分か正真正銘の勇者くらいなものだ。


どうせあの父の事だ、今回も何時もと変わらず全力で逃げている事だろう。


普通に追いかけて捕まえようとは考えない方が良い。


美しい曲線を描く玉座の肘置きに力を込めれば、バキリという悲鳴と共に細やかな彫刻が彫られた金の装飾が粉々に砕け散った。






 

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