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何事にも障害は付き物です(5)

 







「…軽いな。」




耳元で囁かれる声に心臓が騒がしく鳴る。


ラオに似た顔で、似た声で話されると違うと分かってはいても顔に熱が集まってしまう。




「べ、別に、普通ですよ。」


「そうか?しっかり食わんと成長出来ぬぞ。」


「余計なお世話って言葉、知ってます?」


「ククッ、冗談だ。」




大人の余裕感漂うダンディーな前魔王が艶やかに喉の奥で笑う。


恋人も歳を取ったらこんな風になるのかとぼんやり見上げていれば、不敵な笑みが苦笑へと変わる。


筋張った、少し皺のある大きな手があたしの頭に触れた。


その撫で方は小さな子どもにするようなもので、数回あたしの頭を撫でてから離れていった。




「久しいな。」


「そうですか?あたしからすれば会ったのは数週間前になりますけど…。」


「そうか。あの後すぐにいなくなってしまったからな、もう少し居てくれねばつまらんではないか。」




冗談なのかよく分からないことを言う前魔王に笑ってしまう。


シェリル嬢が来てから、あまり笑うことがなかったため、久しぶりに心から笑えた気がした。


それでも笑いが収まってしまえば胸の内に残ったのは何とも形容し難い寂しさとも虚無感とも言えないもので。


すぐにニッコリ笑って「無理言わないでくださいよ。」前魔王を見上げたら、何やら考えるように顎へ手を添えて見つめられた。




「…気分転換がしたいと言っていたな?」


「え?」




唐突な問いに目を瞬かせるあたしに構わず、大きな手があたしの手を掴む。


状況を理解する間もなく走り出した前魔王につられて足が勝手に走り出す。向かう先にあるのは大きな鏡。


ぶつかりそうになり、ギュッと瞼を閉じた。


しかし予想していた衝撃は来なく、開いた目の前にはシンプルな木製のベッドとテーブルセットが置かれた質素な部屋が広がっている。


城の豪華な装飾も、調度品も、天窓も、鏡もなくなっていた。


訳が分からず横に立つ前魔王を見上げれば悪戯が成功した子どもみたいな表情であたしを見下ろしていた。




「余の旅に付き合え。」


「え、旅…って、へ?あ、あの、ここどこなんですか?」


「大陸を二つ程渡った先にある国だ。」


「大陸?!」




地理はあまり得意ではないけれど、大陸二つが近くないことくらいは分かる。


瞬間移動(テレポーテーション)とはまた違う力なのだろう。


ラオが心配するから戻さなければと進言してみても、前魔王は気にした様子もなく、




「そんなもの、勝手にさせておけば良い。」




あっけらかんにそう言った。清々しいくらいマイペースだ。


あたしを見下ろしていた前魔王はそのドレスだと目立つなと呟いて、あたしのドレスに触れる。すると一瞬でドレスはシンプルなワンピースに早変わりして、ヒールの低かったパンプスは底のしっかりした革製のブーツになっていた。


山吹色のワンピースは袖や襟、裾部分は珊瑚色で、花柄の可愛らしい刺繍が施されている。やや丈の短い上着は真っ白い何かの動物の毛で出来ていて、後ろにしっかりフードがあった。


ブーツは淡い茶色。傍にあった鏡を覗くとごく普通の女の子が立っていた。


ジッと鏡を見つめてしまっていたらしい。小さく笑う前魔王に声をかけられて漸くあたしは我に返る。




「気に入ったようだな。」


「え、あ、はい。ありがとうございます、すごく可愛いです。」


「それは何よりだ。」




振り返るとベッドに腰掛けてあたしを見ていただろう紅い瞳と視線が合った。


ツキリと胸が痛んだけれど、気付かない振りをして感謝の言葉を述べれば前魔王はテーブル脇にあった椅子に座るよう手で示す。


促された通り椅子に座ったあたしにさて、と地図を差し出してきた。


いくつかの大陸が書かれたそれは随分と大きく、長い指が指差した場所はその中でも一番大きい大陸だった。




「此処が城のある大陸だ。…現在地は此処だ。」




スッと指が動いて次に示したのは本当に大陸を二つ飛んだ先にある少し小さな国。




「…本当に遠いですね。」


「これくらい離れておかねば直ぐに見つかってしまうからな。」




見つかってはつまらん。逃げられるだけ逃げてみようぞ。


悪びれもなくそう言い放つ前魔王にあたしはポカンとしてしまう。


それでも、心のどこかで今の状況を楽しいと思っている自分もいるわけで、城のことを考えつつもついつい頷いてしまった。




「あの、名前を聞いても良いですか?」




まさか前魔王様と呼ぶわけにもいかないだろう。


彼は口元をつり上げてあたしを見下ろす。




「そうだな…セス、とでも呼べ。」


「セスさんですね。」


「あぁ。お前も名を偽っておこう。」




セスさんは暫し考える素振りを見せた後に、「これからはラナと名乗れ。」そう言った。


――ラナ。偽名がついただけで不思議と心が弾む。何度か口の中で名前を呼んで、名前の由来はなんですかと聞けばセスさんは酷く愉快そうに喉の奥で笑って、




「‘迷子’という意味だ。」




まさに今のあたしの状況にピッタリの言葉を言う。


もしかしなくとも、あたしの気持ちはお見通しってやつかしら?流石長生きしているだけあるな、なんて思ったりしたのは秘密だ。


かくして図らずも義父となるかもしれないセスさんの旅に随行することとなってしまった。






 

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