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何事にも障害は付き物です(4)

 






ラオを見やれば心底嫌そうな顔をしている。執務をする時よりもずっと嫌そうな表情だ。




「――…シェリル、」




扉を開けたラオの前には既に化粧もドレスもバッチリ決めたシェリル嬢がニッコリ笑顔で「お早う御座います、ラディオス様」と甘える声で挨拶をする。


魔王は小さく溜め息を零し、支度が済んでいないからと彼女を追い返した。


とりあえずあたしも隣の部屋へ戻って支度を済ませ、改めてラオの私室に行くと既にシェリル嬢が恋人の隣席を確保している。


そうして現れたあたしに「あら、お早うございます。」なんて平然と言う。どんだけ神経ズ太いのよ。


仕方なくラオの正面に座る。


すると彼女は並べられた料理を示しながら、あれは私が選んだものだとか、あれはとても美味しいものだとか、よくそんなに口が回るなと思うくらいペラペラと話し出す。


食事中に会話するのを好まないあたしとしては、ぶっちゃけウザい。果てしなく五月蝿い。




「食事中ですので少し静かにしていただけませんかしら?」




そう注意しても彼女は「申し訳ありません、リールァ様もラディオス様とお話しされますか?」なんて上から目線で返事を返す。形だけの謝罪の言葉に誠意なんてものは爪の先ほども感じられなかった。


食欲が失せてしまい、早々に席を立つ。


酷く愉しげな、馬鹿にするような笑みが視界の端に一瞬だけ映り、キリリと胸に痛みが走る。


ラオが何か言っていたけれど、聞く余裕などない。あたしは私室から出ると目的のなく走り出していた。


途中、何人かの使用人と擦れ違い、声をかけられた気がしたが覚えていない。


辿り着いた場所は城の最上階にある広々とした部屋だった。


大きな天窓から光が差し込めばとても明るく素敵だろうその部屋も、薄曇り空のせいか全体的どんよりと沈んでしまっているように見える。


部屋の中央に置かれた大きな鏡だけが微かな光を反射させて輝いていた。




「…うぁー…何よあれ。何よもう。ホントありえない、何なの一体。」




ズルズルと大きな扉に寄りかかって座り込む。ドレスが皺になるとか、汚れるとか気にしてなんかいられない。


気分は最悪、機嫌は急降下の一途を辿る。


頭の中がぐちゃぐちゃになっているし、胸は痛いし、ここまで来ると嫌になってしまう。


他の女の人に触らないで、なんて乙女過ぎて口にするのも恥かしい。


思っていたよりもあたしって嫉妬深かったようだ。他人(ひと)のこと言えないわね。


落ち着きたい。とにかくこの心を落ち着かせたい。


魔王に釣り合うような落ち着いた女性でいたいと思う反面、あんな風に甘えたり我が儘言ったりしたいと思う自分もいる。


好きな人と同じ場所に立ちたいから。頼られたいから。


頑張って背伸びしているのにシェリル嬢が来てからは何だか全部上手くいかない。


例えばちょっとどこか、ラオもシェリル嬢もいない場所に行って自分の気持ちとか、シェリル嬢のこととか、色々落ち着いて考えるためにも今の気持ちを何とか吹き飛ばしてしまいたい。


はぁ…。二人の姿を思い出したらまた溜め息が漏れてしまった。




「…気分転換したいなぁ。」




どうせ誰も聞いていないだろうと呟いた言葉は無意味に部屋に消えていく。


そう、思っていた。




「なら行けば良かろう?」


「!」




頭上から降ってきた低い声にビクリと肩が跳ねてしまう。


パッと顔を上げた先に立つ人物を見て、驚きのあまり言葉が出てこなかった。


何で、どうして。


パクパクと口を開けるあたしを愉しそうに見下ろしながら「金魚のようだな。」なんて失礼なことをのたまう中年の男性。




「だ、だって、どうしてここに…?!」




不敵な笑みを口元に浮べて佇んでいたのは、数週間前に過去で僅かな間だけ会った男。背中までの黒髪に紅い瞳、ラオとよく似た悪人面の人物はラオの父親である前魔王だった。


前魔王は動きやすく、あまり値の張らなさそうな服装だ。いくら王位を退いたとは言え質素過ぎる気がする。




「風の便りで息子がお前を連れて来たと知ってな。様子を見に来たんだが…、」




顎に手を当ててチラリと見下ろされ、咄嗟にあたしは視線を逸らしてしまった。


さっきの呟きを聞かれたのだろう。


何も言われなかったがラオと同じ紅い瞳に‘上手く行っていないみたいだな’と責められている気がして、涙が滲みそうになる。


泣きたいけれど、泣きたくない。


泣いてしまったら本当にあたしが負けてしまう。思い込みかもしれないけれど泣いてはいけないと心のどこかが強く言う。


溢れそうになった涙を拭おうとした。が、突然腕を掴まれたせいでそれは叶わず、あたしの瞳からポロリと零れかけた雫は前魔王の筋張った長い指に掬われて頬へ伝うことはなかった。


オマケにその指を躊躇いもなく舐めたのだ。


驚きやら羞恥やらであたしの涙は一瞬で引っ込んでしまう。




「な、な、な…っ?!」


「真っ赤だぞ。」


「誰のせいですか、誰の!」




扉がなかったらきっと後退っていただろう。


気障過ぎる。ラオがたまに気障なのは父親に似たのかと頭の片隅で思いつつ、熱くなってしまった頬を冷やそうと手で仰ぐ。


けれど掴まれた腕をグイと強く引かれ、足が自然と立ち上がり、前へ倒れ込む。勢いのあまり前へ転びそうになったけれど、ふわりと前魔王に抱え込まれて難を逃れた。






 

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