何事にも障害は付き物です(1)
柔らかな日差しが降り注ぐ正午前、あたしは中庭にある庭園を侍女と一緒にのんびりと散策していた。
この間ラオと歩いた時に見て回れなかった場所を一つ一つ見る。
侍女も花に詳しいのかあたしが聞くと大抵教えてくれて、侍女でも分からない花になると傍にいた庭師が自慢げに教えてくれた。
様々な花が咲き乱れる庭園内にはいくつか休憩出来る小さなドーム型の建物がある。
そこに座ってあたしは歩き回って火照った体を風に涼ませていた。
「あの花、いつも咲いてるわね。」
ドームの空いた部分から見える広い花壇一面に咲いている淡いピンク色の花を見ながら、ポツリと呟いたあたしに侍女がどの花かと横から顔を覗かせる。
あれ、と指差せばあぁと何か納得した表情をして、
「あの花はエルディア・リーと言います。」
「エルディア・リー?」
「はい。王が婚姻される時だけに使われる特別な花です。ですが年中咲いている訳ではなく王が婚姻出来る御歳であり、尚且つ婚約をしなければ決して咲かぬ花なのです。」
「それじゃあ今までの魔王もみんな花嫁と婚約してから結婚したの?」
「勿論です。」
力強く頷いた侍女、不思議な花だなぁとエルディア・リーを眺めてみる。
淡いピンクの花弁は桜によく似ていて少しだけ懐かしい気持ちになった。
部屋に飾ったらきっととても綺麗だろう。
「…欲しいなぁ。」
何気なく零れた言葉にガチャンと陶器か何かが壊れる音が響く。
驚いて侍女を見ると、あたしより数倍驚いた表情で顔をリンゴみたいに真っ赤にして見つめ返される。「あ、また何かやっちゃったかも。」と内心で頭を掻いた。
とりあえず大丈夫かと聞けば我に返った侍女はすぐに平気ですなんて言いながら割れてしまったティーカップを一瞬で片付ける。
平気と言うわりにはかなり動揺して見えたのだけれど。
ジッと侍女の様子を観察していると新しいカップに紅茶を淹れた彼女が「座っても宜しいでしょうか?」と唐突に聞いてきた。
なかなか彼女とお茶をすることがなかったので、あたしは二つ返事で頷き、どうぞと手で示す。
侍女はあたしの正面に座ってから周囲を見回して真剣な表情で自身の唇の前で人差し指を立てた。
いわゆる‘内緒’のポーズだった。
「リールァ様、決して王の前でそのような事は口になされませんよう。」
「やっぱり大切な花だから取ったり切ったりしちゃいけないかしら?」
「いいえ、そう言う訳ではございませんが…。」
侍女が苦笑しながらクッキーを勧めてきた。
それをありがたく貰って食べる。
「先程話しました通り、あの花は王の婚姻の際に使われるものでございます。互いの全てを相手へ捧げるという意味で指輪と共に交換される花なのです。花を交換することは、身も心も相手の物になるということであり、相手の全てが自分の物になります。」
「うん。」
「あの花が欲しいと口にする事は、言うなれば王の全てが欲しいとおっしゃっているようなものなのですよ。」
「…は?」
え、何それ。冗談かと侍女の顔を見ると、至極真面目な表情であたしを見ている。
つまりあの可愛い花欲しい~とさっき言ったあたしの言葉は、ラオの全部が欲しいなぁ~という意味になってしまうらしい。
…は、恥かしい…っ!!
それでさっきカップ落としたのね?!
いきなり魔王様の全部が欲しいなぁなんてカミングアウトしたらそりゃビックリするだろう。
危ない危ない。まさかそういう意味だったとは…迂闊にあれ欲しいなんて言わないようにしないと。
頬に熱が集まっているのが分かる。少しでも熱を下がれと手で風を送ってみた。
「でも、ラオなら喜ぶんじゃないかしら?」
恋人気分を味わいたい!と駄々を捏ねたラオの顔がパッと明るくなる様子が想像できる。
けれど侍女は慌てた様子で首を振った。
「リールァ様、王も殿方なのですよ?好いた女性に求められて平然としていられると御思いですか?」
「え?いやぁ、ラオはそういう事あんまり興味なさそうだし…」
「甘いですわ!」
キッと見据えられて肩が無意識に跳ねてしまった。
どうやら侍女の琴線に触れてしまったらしい。
殿方の何たるかを語り始めた侍女がやや凄んでいるのか迫力があって口を挟む隙すらない。
さて困ったと長くなりそうな話をどうやって止めるか考えていたとき、それは突然現れた。
「ご機嫌いかがでしょうか、リールァ様。」
女性独特の艶のある声が通る。
その方向へ顔を向けるとナイスバディな貴族の女性が立っていた。歳はおそらくあたしよりも二つか三つくらい上だと思う。
胸元がガッツリ開いた深紅のドレスなんか着ちゃってるその女性は確かにとても美しい。
例えるならばルビーみたいだ。でもハッキリ言って少し毒々しいというか、女の色気を出し過ぎていて逆にキツく見える。
何時の間に立ち上がったのか、侍女は厳しい顔付きであたしを隠すようにテーブルの前に出た。
「今日御訪問されるという話は聞いておりませんが、先触れはお出しいただけましたでしょうか?」
先触れというのは「今日そちらへ伺います」と電話で伝えるのと同じこと。相手へ何時頃行くのかを手紙などで前以って知らせることである。
女性はファーの付いた大きな扇子で口元を隠しながら笑った。
「あら、忘れておりましたわ。何せ以前は出さずとも良かったものだから…ねぇ?」
ニッコリと、けれどどこか厭味を含んだ笑いのまま彼女は傍にいた自身の侍女に話を振る。
侍女もにこやかに「えぇ、慣れない事ですから仕方がありませんわ。」などと言うのだから、余計にあたしの侍女は腹を立てているようだった。