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微かな恋の行方(side:L

 







執務室で書類にサインをしていたラオは、ふと城の中から愛する恋人の気配が消えたことに顔を上げた。


常ならば大慌てで探し出すところなのだが今回は違う。


消える直前に感じた自身の力に口角を僅かに上げて笑った。




「行かれたようですね。」




傍で佇んでいた側近も楽しそうな声音でそう呟く。


何百年も前の事だと言うのに、記憶の蓋を開ければ昨日の事のようにあの日の出来事が鮮やかに思い起こされる。


読書をしようと書庫に入り込んだ俺の目の前に突然現れた美緒。


彼女が口にした話は勿論信じられない内容ではあった。


けれど愛称を知っており、俺のことをよく知っていた彼女に心惹かれたのも事実で、まだ幼かった俺は未来の俺を羨ましく思ったこともあった。



――…探して。



その言葉通り彼女が消えてしまった後、俺は魔界だけでなく人間界にまで足を伸ばして捜索した。


残された本に彼女の話通り自分と彼女の絵を描いて、過去に訪れるよう魔力を移した文を書き、書庫へ戻したのも俺。


時には折れそうになりながらも美緒が残した言葉に背を押されながら捜すこと百数十年余り。


漸く彼女を腹に宿した母親を見つけた時のあの喜びは今でも忘れられない。


母親が眠っている間にまだ生まれてもいない彼女と契約を交わし、彼女が十八になるまで魔界で待ち、そうしてやっと迎えに行く事ができた。


何百年も生きて来たと言うのに彼女を待つ十八年間は酷く長く感じられた。


この手に抱き締めた時、何も変わらない彼女を見て全て本当のことだったのだと泣きそうになったのを、きっと美緒は知らないだろう。




「たった数時間しかあの時は御会い出来ませんでしたね。」


「あぁ。…随分と探し回った。」




傍らで美緒を探し続けるラオを見ていた側近からすれば、喜びも一入だ。


最後の書類にサインを済ませると執務机から立ち上がる。


深く礼を取る側近を一瞥し、執務室を後にする。


書庫へ続く廊下では数人の使用人たちが微笑を浮かべて礼を取り、俺が見えなくなるまで頭を垂れていた。


書庫の重厚な扉を押し広げると司書がのんびりと顔を上げて俺を見た。




「リールァ様なら先程行かれました。」




あぁ、懐かしいですねと微笑む司書も、百数十年前に美緒を見かけた使用人の一人である。


今ではだいぶ老けてしまったこの初老の男にも昔は随分手伝ってくれたものだった。


書庫の奥にある窓へ行けば小さなテーブルセットが置いてある。それは彼女がこの書庫に来た際にここで本を読むように俺が置くよう指示したものだ。


あの日出会ったのもこの場所で、本も目に付くよう近くの棚の丁度彼女の目線の辺りに仕舞っておいた。


確かこの辺りだったなと棚へ視線を向ければ、やはりそこには本一冊分の空きがある。


……次は謁見の間か。


書庫を出て、あの日歩いた道順を辿って行く。


今ではビロードの絨毯が敷かれている廊下も当時は何もなく、冷たい場所だった。


そこを彼女の手を引きながら側近と共に父がいる謁見の間まで歩き、父に目通りをさせた。


謁見の間にはあの頃と変わらず男が二人で入り口を警備している。


俺を見るとすぐに扉が開けられ、ゆっくりと謁見の間に立ち入った。


もう父は王の座を退いてしまってはいたけれど玉座を見上げれば、あの頃と変わらぬ父の姿が在る様に思え、紅い瞳が自然と細められる。




「…父上にも、迷惑をかけたな。」




何十人も見合いを勧められ、その度に喧嘩をしたりもした。それでも俺が美緒を諦めずにいたせいか、最後の方では共に探してくれた父。


あまり父親らしいことをされた記憶はなかったが、自身が尊敬し、目標としていた偉大な王。


彼に言われたことならば何でもしたけれど美緒のことだけは唯一譲れなかった。


思い出してみるとそれは唯一の親子らしい出来事だっただろう。




「…次は部屋か。」




ふっと詰めていた息を吐き出して顔を上げた先には、もう父の影はなくなっていた。


謁見の間から私室に向かうまでの道は、とても長く感じられる。


早く戻って来い。早く、早く…。


今日、漸く幼い頃に出会った美緒に会えるのだ。


私室の扉を開けるとベッドの上にポツリと本が置かれている。あの本だ。


ベッドに腰掛け、本のページを捲ると、一ページだけ真っ白になっていた。


大人の自分が好きだと言った美緒。


あんな真っ直ぐに好意を向けられたことは初めてだった。


地位や権力などに飢える者たちとは違う、優しさと慈愛を込めた黒い瞳。そんな瞳を向けられる未来の俺が妬ましく、そんな風に見つめられたいと思うようになり。


余計にこの手の中に欲しい気持ちが強まった。


そっと本に触れると光が溢れ出し、それはやがて人の形を模る。白く柔らかな光の粒子中から求めた姿がふわりと現れる。


押し上げられた瞼の奥にある黒い瞳と視線が絡み合った。




「……ラオ。」




名が呼ばれ、細い手が頬に触れてくる。


やや黄色味を帯びた独特のその手を自身の手で包み込めば、手の平から全身に温もりが広がった気がした。


艶やかな黒い瞳は僅かに潤んでいるようにも見える。喜びが色濃く宿る瞳に映るのは大人の俺。


ずっと探していた美緒が、あの時自分を好きだと言ってくれた彼女が今、目の前にいる。




「…探したぞ。」




永い永い時間の中。名だけを頼りに、探し続けた。




「うん。」




触れられる距離に、いる。


喜びのままにキスを送れば、花が綻ぶような柔らかい微笑で受け止めてくれる美緒。




「見つけてくれて、ありがとう。…ラオ。」



愛してるわ。最愛の人から告げられた言葉が意味を成す前にその唇を塞いでしまい、彼女の愛の言葉を俺はそっと飲み込んだ。







 

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