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好奇心も程ほどに(1)

 








まだ肌寒い澄んだ空気が漂う城の中は、既に動き回る使用人たちの足音がそこかしこから聞こえて来る。


いつもより随分早く起きてしまいやる事もなかったあたしは久しぶりに書庫へ向かった。


あの事件以来だった。本当はもっと早くに行きたかったのだけれど、なかなかラオが離してくれなかったので遅くなってしまったのだ。


今頃執務室で書類と睨めっこしているであろう魔王を想像すると口元に笑みが浮かぶ。


なんだかんだ言いつつ、彼のことを怒ったり悪く言えない辺りは惚れた弱みなのかもしれない。それすら仕方ないかなんて思ってしまうんだから、あたしもどうしようもないわね。


重厚な扉をそっと押すと蝶番が微かな悲鳴を上げながら扉は開く。


脇にあったカウンターで本の整理をしていた司書のおじいさんが顔を上げ、あたしを見ると好々爺のような笑みでお早う御座いますと声をかけてきた。




「お早うございます。この間は大丈夫でしたか?」




ラオは気絶しているだけだと言っていたけれど、とても気になっていたのだ。


おじいさんは軽く首を振る。




「えぇ、いきなりの事で驚きはしましたが、何ともありませんでした。リールァ様も無事なご様子で一安心です。」


「すみません。本当はもっと早くに来たかったんですけど…、」


「御気になさらずとも宜しいのですよ。」




色々ありましたからね、と意味深な言葉に少しだけ頬が熱くなった。


勇者が飛び込んで来たり、ラオが我が儘を言ったり…恋人同士になったり。


この世界に来てからは毎日がてんやわんやな状態で一日がとても短く感じられる。楽しくて充実した日々ほど過ぎるのは早い。


「はい、本当に。」と返せば楽しげにおじいさんも笑った。


あの時書庫に居合わせてしまった人たちとも話したけれど、皆何ともない様子だったことにホッと胸を撫で下ろしてから、あたしは定位置と化した窓際のテーブルに腰掛ける。


どうやら片付けないでくれていたらしく、この間持って来ておいた本が綺麗な状態のまま置かれていた。


それに心の中で感謝の言葉を投げ、どんな本を持って来ていたのか本の表紙を見てみると、結構ジャンルもバラバラで偶に変な本も混じっている。


勿論面白そうなのだけれどこんなものよく見つけたなと思ってその時の自分に笑ってしまう。


パラパラと何気なく本のページを捲っていると、ふと目を引く一節が書かれていた。



――おまえを探し出す。おれの名をよぶのは、おまえだけ。



小さな男の子とあたしくらいの少女が互いに額を寄せ合う姿が描かれている。文章はその二人を包み込むように円状に記されていた。


他の文とは違い、子どもが書いたような、お世辞にも上手いとは言い難い字。


所々滲んだそれを確かめるように指でなぞる。


と、文字が微かに震え、ペリペリと洋紙から剥がれ出てくるではないか。ありえない光景に声も出せずに目を見開いていたあたしの周りをバラバラに砕けた文字が縦横無尽に飛び交う。


これは異常事態だとラオの名を呼ぼうとした瞬間、目も開けていられないくらいの眩い光に襲われてあたしは固く瞼を閉じた。


それでも射し込んできた光が漸く収まった頃に目を開けて、あたしは茫然としてしまった。




「ここ、書庫よね…?」




先程までの明るく心地良い書庫とは似ても似つかない部屋が広がっていた。


薄暗く、換気を怠っているのか淀んだ空気と掃除されていないのがすぐに分かる埃っぽさに口元を手で隠す。古い本独特のカビ臭さも混じっている。


振り返るといつも使っていたテーブルセットもなく、固く閉ざされた窓と雨戸のようなものが外と書庫を完全に隔ててしまっているようだ。


窓の鍵を開けて、雨戸を外すといつもの空が広がっている。


ふわりと入り込んで来た風に埃が舞った。そこであたしが立っていた場所にあの本が落ちていることに気付く。


…何なのこの本。


パラパラとページを確認してみたが何故か先程見かけた文章も絵も無くなってしまっている。


一体何が起きているのか訳が分からず、途方に暮れてしまう。


尋常ではない埃の量からして少なく見積もっても数年は使われていないように思えた。あんな綺麗にしてあった部屋が一瞬で埃まみれになるなんてどう考えてもオカシイ。


どうしようと考えていた視界の端に小さな足が飛び込んで来た。大人にしては随分と小さい。


足を辿るように顔を上げた先には男の子が一人、佇んでいた。




「あ、」




本の絵に描かれていた子どもとソックリの男の子はあたしを見て眉を顰める。


その表情に見覚えがある気がして首を傾げてしまった。男の子は床に座ったままのあたしを見下ろして疑心に満ちた眼差しを向けて来る。




「だれだ。」




よく通るアルトの声でそう聞かれ、おやと思う。ラオの婚約者であるあたしを知らない者なんて城にいるはずがない。


そもそもこんな子ども今まで一度も見かけたことがなかった。


マジマジと見ればやや嫌そうに目を眇めたものの、しっかりと睨み返してくる。


背中まである黒髪に紅い瞳、ちょっと悪そうな顔だけどとても整っていて美しい。けれど同時に身近にいる人物と子どもの顔がダブって見えた。






 

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