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魔王様は乙女男子?

 








「――…何故ですか?!!」




穏やかな午後の昼下がり、心底驚愕した側近の声が城中に響き渡った。


近くを通りかかった使用人たちが何人か目をパチクリさせてコチラを見たけれど、あたしとラオの姿を確認するとまたかと言う風に微笑んで自身の持ち場へと戻っていく。


そんな使用人たちを見送ってから正面へ顔を戻せば、まだショックから立ち直れてない様子の側近と、優雅に紅茶を楽しむ魔王の姿がある。




「漸く御二人の想いが通じたのですから、婚姻の儀を執り行っても何の支障も無いではありませんか!それを何故先延ばしにするのです?!」




テーブルを叩く勢いでラオに詰め寄る側近は訳が分からないと言う表情で必死に説得しようとしていた。


事の発端は数十分ほど前に遡る。


あたしとラオが晴れて恋人同士になってから一週間が経ち、側近も使用人たちも今すぐにだって結婚出来ますな状態でスタンバって魔王の言葉を待っていた。


だけどラオの口から出てきた言葉は「婚姻はまだしない。」だったものだから婚姻の儀に最も力を注いでいた側近にとっては思いもしないものだったようで。


納得いかない側近と、一度言ったら梃子(てこ)でも動かない魔王という組み合わせの二人は、まるで母子がする親子喧嘩な雰囲気を漂わせている。


例えるなら頑なに勉強を拒む子どもと、どうして勉強をしないのと怒るお母さんな図。


想像したら笑いが込み上げて来て小さく噴出してしまった。


それを目敏く見た側近の矛先があたしにも向く。




「リールァ様も何か言って差し上げて下さい!」




憤慨する側近に「そうね、ごめんごめん。」と目尻に溜まりかけていた涙を軽く拭った。


さっきからずっとあたしの腰を抱いて紅茶に舌鼓を打っている魔王を見上げれば、声をかけなくとも紅い瞳が自然と向き、手にしていたカップがテーブルへと戻される。


黙ってあたしの言葉を待っている姿は某駅前の忠犬像を彷彿とさせた。




「ねぇ、どうして先延ばしにしたの?」




別にあたし自身も今すぐ結婚したい!って言う程、結婚願望は強くない。


とは言っても結婚したくないのかと聞かれれば答えはノー。


ラオがしたい時にすれば良いと思うし、そもそも婚約してしまっている時点で既に最終地点は決定してしまっているんだから、そこまでが早いか遅いかくらいの違いしかないわね。


しかし側近を宥めるにはキチンとした理由が必要なので、とりあえず本人に直接聞いてみる。




「リアとは今すぐにでも婚姻したいが、」




その…と言葉を詰まらせ、紅い瞳は躊躇いの色を映して宙を彷徨う。


大きな手に自分の手を乗せて「大丈夫、怒らないわ。」と促してやれば、少し目元を赤く染めてポツリと呟いた。




「…もう少し、恋人で居たい。」




照れた様子で乙女な発言を投下する魔王にクラリと眩暈がしてしまう。


どうしてこの人はこんなに可愛いことを言うのかしら?なんて溜め息を吐くと、側近のものと同時だった。若干側近の方が深く重い溜め息ではあったけれど。


叱られるのを覚悟しているのかしょんぼりとした頭には犬耳がついていても可笑しくなさそうだ。


さてどうしようかと側近を見やれば呆れたような、けれど全部許してしまったような、不思議な笑みを浮べている。




「仕方ないですね。皆にそう伝えておきましょう。」


「…すまない。」




眉をハの字に下げてちょっと申し訳なさそうにしているラオに、側近は小さく首を振った。




「謝らないで下さい。私たちが必要以上に急いてしまっただけです。」




御二人の問題ですから、我々が口を挟むのは過ぎた事でした。


柔らかな微笑を浮かべた側近はでも、と言葉を続ける。




「何時でも行える様取り計らっておりますので、何なりとお申し付け下さい。」


「…あぁ。」




ちょっとだけ楽しげな雰囲気の側近に魔王もフッと口角を上げて「その時は頼んだ。」と言った。


そうして去って行く側近の背を見送ればキュッと抱き付いてくる。


甘えた黒い頭を撫でると嬉しそうに紅い瞳が細められ、目元にほんのり朱が走り、お返しとばかりに抱き締める力が強くなった。


「我が儘っ子ね。」額同士を合わせて意地悪なことを言っても、この魔王は重ねた手の指を絡め合わせてくる。




「俺の‘妻’という響きも良い…だが、今の方がリアとの繋がりが一つ多い。」


「繋がり?」


「‘婚約者’と‘恋人’。」




結婚して‘妻’になる方が繋がりは深くなるだろうに、大切な秘密の話をするように声を潜めて真面目な顔で言うものだから笑ってしまった。




「あはは、そんなことまで気にしてたのね?」


「…俺には大事な事だ。」




笑い過ぎたせいか少しだけ憮然として言うラオに謝りつつ額に軽く唇を寄せた。


それだけで機嫌を直してしまうんだから単純と言うのか、素直と言うのか。


空いている方の手でカップを傾けていれば目の前にクッキーが差し出され、大きな手に持たれたクッキーを齧る。かなり甘かったけれど、甘党な魔王には丁度良いのだろう。


一枚食べ終わるとまた別のクッキーを食べさせようとしてくるラオ。それを食べるあたし。…ちょっと餌付けされてる気分になるわ。


なのに悪い気分にならないのは、やっぱりラオだからかもしれない。


あれが食べたいこれが食べたいと言えば取り、紅茶がなくなるとすぐに継ぎ足してくれる甲斐甲斐しい魔王なんてそういなさそうだと思いながら、のんびりと午後のお茶をあたしは楽しむことにした。








 

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