勇者様は勘違い野郎
まだ空も白み始めたばかりの朝も早い時刻。
突然聞こえて来た轟音にあたしだけでなくラオも飛び起きた。
「な、なに?!」
やや遠くから聞こえて来たそれは階下からで、少しずつだが確実に近付いている。
訳が分からずベッドの上に座り込んでいると何時の間に着替えたのか、普段と変わらぬ真っ黒な姿をしたラオがあたしの頭に触れた。
「行って来る。」
「えぇ、気をつけて。怪我しないようにね?」
「…分かってる。」
額に触れるだけのキスを落とすとマントを翻して部屋を出て行った。
それからも聞こえて来る爆発音やら人の騒ぎ声に不安が過ぎってしまう。
魔王と呼ばれるほどに強いと分かってはいても、こうも連続的に争う音がしては気が気ではない。
眠ることもできず、起き上がってテラスへと続く窓を開ければ一層音が鮮明に聞こえ、テラスから下を覗き込めば丁度城の壁が壊れるところだった。
…見なきゃ良かった。
軽い頭痛に襲われて額に手を当てていると部屋の扉が開く音がする。
「ラオ?」
もう戻って来たのかと部屋へ視線を戻したが返事はない。
それに足元からは未だ断続的に爆発音などが響いていて、争いが終わったようには思えなかった。
カツカツと近付いて来る足音に魔王ではないと確信する。彼は足音を立てずに歩くのでこんな風に分かるわけがない。
重たいカーテンを引き上げて現れたのは端整な顔立ちの少年だった。
歳はあたしと同じか少し上くらい。綺麗な金髪に青の瞳がよく映える。
それなりに鍛えられた体はスラリとしていて動きやすそうな独特な服を着て、片手に剣を携えたまま同様にあたしを驚いた表情で見つめてきた。
「誰?」
そう聞けばハッと我に返った様子で少年はテラスへ現れた。
「僕は魔王を倒すためにこの城に来ました。」
「勇者…ってこと?」
「はい、そうなります!」
強く頷く勇者を再度見直した。確かに言われてみれば勇者っぽい姿をしている。
でも魔王だからって何も倒さなくたっていいんじゃない?
ラオは別に何か人間に対して悪事を働いている様子もないし、それらしい話を聞いたこともない。
「驚きました。まさか貴女のような姫が囚われていたなんて…、」
「…は?」
‘姫’という単語に目を瞬かせてしまう。
ちょっと待って、何をどうしたらあたしがお姫様になっちゃう?
反論しようと思ったけれど既に遅く、勇者は拳を握り締めてあたしを見つめてきた。
「このような所に幽閉されてさぞ恐ろしかったでしょう!」
「え、別に。」
「いえ、何もおっしゃらないで下さい!分かっています、あの非道な魔王に脅されているのでしょう?」
「脅されてないわよ。話聞いてる?」
どうやら勇者の中でのあたしは‘魔王に攫われ幽閉されている姫君’という設定らしい。
こんな平凡女をどう見たらお姫様と勘違いするんだか。
何を言っても話が噛み合わない人物に余計頭が痛くなった。
…勇者がここにいること、ラオは気付いてるのかしら?
自分の国について熱く語る勇者の話を聞き流しながら階下へ耳を傾ければ未だ音は続いていて、止む気配はない。
足止めでもされてたりして…。早く来てくれないかと溜め息が漏れそうになるのと同時に勇者に突然腕を取られた。
今度は何だと顔を上げると勇者が輝く瞳で言う。
「さぁ、魔王城を出ましょう!僕の国にいらして下さい!」
冗 談 じ ゃ な い !
そもそも幽閉なんてされない。攫われたのではと聞かれたら、最初は攫われたけれど今では自分で選んでここにいるのだから、もうあれは時効だ。
「 イ ヤ よ !」
「魔王は僕たちが必ず倒しますのでご心配は無用です!」
「なお悪いじゃない!勘違いしないで、あたしは魔王の婚約者なのよ!」
「え、」
グイグイと引っ張っていた力が弱まる。
見れば勇者が目を見開いて固まっていた。
「こ、婚約者…?」
「そうよ?それに恋人同士でもあるの。どこかのお姫様でもないし、幽閉されてもいないわ。」
「でも、貴女は人間でしょう…?」
魔王の恋人が人間じゃいけない、なんて法律ないでしょ?
文句は魔王に言いなさいよ。そもそも母親のお腹の中にいたあたしと婚約したのはラオなんだから。
「だから?」
「人と魔族が婚姻するなんて無理ですよ、」
「誰が決めたの?そもそも何でダメなのかしら。異種族だから?」
「っ、魔族となんて絶対後悔します!」
…あー、もう。うるさいわね。
これじゃあどんなに話し合っても平行線じゃない。
いい加減苛立ったあたしは最終手段に出た。
「ラオ!勇者はここよ!!」
「!?」
あたしの行動に驚いた様子の勇者だったけれど、すぐに視界は黒で埋め尽くされた。