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後先考えないのは止めましょう(5)

 






「愛してる…っ!誰よりも、何よりも、愛してる!!」




くしゃりとラオの顔が歪む。


紅い瞳から幾筋も雫が伝い落ちて、足元の湖へと消えていく。


繋がれた手からあたしの体へ彼の震えが伝わってきた。




「愛されなくても良い!それでも構わないからっ…離れて行くな…!!傍に居てくれ…っ!!」




ラオの感情に反応したのか水面が揺れ、木々の葉を風が揺らし、植物が鳴りを潜める。


空いた片手で顔を隠しながらもその口から溢れる言葉は止まらない。




「見捨てないでくれっ…美緒(みお)…!!」




ドキリと心臓が脈を打つ。


初めて呼ばれた名前に可笑しなくらい心がざわめいた。


お前のいない世界なんて何の意味もないんだと、悲痛な叫びに胸が痛くて堪らない。


はぐらかして、ずっと先延ばしにした事がラオをこんなにも苦しめてしまっていたなんて…。


あまり表情に変化が見られなかったために気付けなかった。…なんてただの言い訳だろう。


子どもみたいだからと思っていたあたしが馬鹿だった。


この人は何時だって本気で、あたしを真っ直ぐに見つめてくれていたではないか。


目の前にいるのはこの世界の魔王であり、一国の主であり、あたしの婚約者である一人の男。


これほどまでに自分を愛してくれた人がいただろうか?


そう思うと胸の中に痛みにも似た熱い感情が込み上げてきた。


それは恋と言うには深く、苦しい想い。目を閉じれば瞼の裏に浮かび上がってきたのは元の世界にいる家族や友人の顔で、全員が笑ってあたしを見つめている。


…ごめんなさい、お母さん。お父さん。…みんな。


ゆっくり顔を上げるとあたしと同じ黒髪の魔王が肩を震わせて泣いていた。


……この人を置いて行くことなんて、出来ないわ。


繋いでいた手を解けばビクリと大きな体が震える。


俯いたまま動かないラオを、両腕を目いっぱい広げて抱き締めた。耳元でヒクリとしゃくり声が聞こえた気がする。




「…ごめんなさい、ラオ。ずっと待っていてくれたのに、こんなにツラくなるまで耐えていてくれたのに、気付けなくて…ごめんね。」




大きな背を宥めるように擦ってやると、戸惑うようにあたしの背にも腕が回ってきた。


もう何時から好きだったかなんて分からないけれど、今この胸の中にある感情は本物で、自覚してしまえば堰を切ったように言葉が溢れてくる。




「――好きだよ…ラオ。」


「!」




勢いよく上げられた顔は涙に濡れ、紅い瞳が驚きの色を宿してあたしを見る。


鋭い目元に残る涙を優しく指先で拭うと薄い唇が戦慄(わなな)いた。




「本当、に…?」


「うん。」




頭を引き寄せれば迷子の子どもみたいな表情であたしを見つめてくる。




「愛されなくて良いなんて言わないで。もっと、我が儘になっても良いの。迷惑かけたって構わないわ。頼りなかったら叱ってあげる。」




コツンと額同士を合わせれば目の前の瞳からまた涙が零れた。


…大きいのに泣き虫ね。


そんな所も愛おしいと思え、自然と笑みが浮かぶ。




「これからもずっと、……一緒にいよう?」




返事の代わりに返ってきたのは触れるだけの優しいキスだった。


唇が離れると、目元を赤らめた瞳が眩しそうにあたしを見つめ、存在を確かめるように強く抱き締められる。


背に添えていた手に力を込めてあたしも抱き締め返す。


今この瞬間で時が止まってしまえばいい。


そうすればずっと、あたしたちの気持ちは変わらずにいられるのに。


熱く切ない気持ちが伝わるようにラオの体をより一層強く抱き締めた。









































ガタガタと揺れる馬車の中、ラオの膝の間に座り、抱き締められていた。


迎えに来た侍女と御者は外に乗っていてあたしたちは二人っきり。


ラオは少しも離したくないといった風に抱き付いたまま、オマケに侍女は何でかあたしとラオを見て「おめでとうございます。」と満面の笑みで祝福の言葉を送ってきた。


どうして分かったのかしら?


チラリと見上げれば喜色を浮べた紅い瞳と目が合って細められる。




「…如何した?」




低く掠れた、以前よりも随分甘さを含んだ声が不思議そうに問うてくる。




「何でもない。…帰ったら、怒られちゃうわね。」


「でも、リア…美緒も一緒…だろう?」




一人は嫌だが、美緒がいるなら我慢する。なんて可愛いことを言う魔王の額を軽く叩いた。


ペチリと音がしたのに叩かれたラオは心底嬉しくて堪らないと言いたげな様子で肩に顔を寄せてくる。




「仕方ないわ。あたしも一緒に怒られてあげる。」


「…美緒が謝れば、きっとアレも許す。」


「もしかして怒られることは計算済みだったの?」




喉の奥でクツクツと笑う魔王に呆れてしまった。


あの温厚そうな側近が苦労するのも頷ける。




「怒られるのは今回だけ。次からは無断外出なんてダメよ?ラオは魔王なんだから無責任なことはしちゃダメだわ。」




もう一度額を叩いて、それから優しく撫でて諭せばしっかりと頷きが返って来て、絶対に無断で出かけないと言った。


手を握られ小指同士を絡めると「約束、」なんて笑う。


やっぱりこの魔王にあたしは勝てないらしい。


懐かしい指切りげんまんを歌いながら、あたしたちは城への帰り道をゆっくりと辿っていった。











俺の全てを捧げる代わりに、美緒の全てが欲しい。


……本当に全部くれるなら、あげても良いわ。




…………愛してる、リア…俺だけの花嫁…………。







 

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