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後先考えないのは止めましょう(4)

 







突然ガタン…ッ!と馬車が揺れた。


続いてガタガタと山道を走っているような断続的な揺れに、驚きながらも椅子にしがみ付く。


侍女はサッと立ち上がって御者を確認すると一瞬驚いた様子で目を見開いた。




「どうしたの?」


「何でもありません。道が悪いだけのようです。」




それにしたって酷過ぎる。


腰掛けている部分が柔らかな素材で出来ているとは言え、こうも揺すれてはのんびりなどしていられない。


早く通り過ぎてくれないかしら。なんて思っても揺れはなかなか収まらない。


不貞腐れてしまいそうになったあたしに「後もう少しですから。」と侍女が苦笑した。


やがて馬車の速度が落ち、ゆっくりと走行を停止させ、御者が下りる音がする。侍女が出るのかと思いきや、何故かそっと背を押された。




「どうぞ楽しんで来てくださいませ。」




訳知り顔でそう言う侍女に首を傾げていれば馬車の入り口が開けられ、温かな日差しが差し込んでくる。


ふわりと香る爽やかな深緑の香りにつられるように馬車から降りようとすれば目の前に大きな手が差し伸べられた。


見覚えのあるそれに顔を上げると、見慣れた人物が立っているではないか。




「ラオ?!」




何時もの黒い服ではなく、御者が着ているような紺色の地味な服装で佇んでいた。


振り返ると侍女が乗った馬車が別の御者と共に帰って行くところである。


当の魔王は悪戯が大成功した子どもみたいにしてやったりな表情で笑っていて、嬉しげにあたしを見つめていた。


おそらく一度城に戻った際に入れ替わったのだろう。地味な服にも関わらずラオが着ていると上等なもののように見えてしまい、とても御者の服とは思えない。




「こら、仕事はどうしたの?」


「全部終わらせて来た。リアと出掛けたくて、ついて来てしまった。」


「だからって御者に成り済まさなくたって…」


「そうしないと城から出られない。」




…つまり、無断外出したのね?


流石にマズいと思っているのか視線を泳がせる魔王に溜め息が零れた。今頃執務室で怒り狂っている彼の側近を想像すると同情を禁じ得ない。


フットワークが軽いと言うべきなのか、行動派と言うべきなのか。


あたしと出掛けたいから乗せてくれと御者に頼んでいる姿が容易に想像できてしまう。




「帰ったら怒られるわよ?」


「…我慢する。」


「全く。次からはキチンと言ってから出てきなさいね?」




コクコクと頷いてから魔王が腕を出してくる。それに自分の腕を絡めればゆっくり歩き出した。


背の高い木々が立ち並ぶ森の中にラオが足を踏み入れると不思議なことに草木がソロソロと後退していく。絡み合った蔦も、正面を遮る枝も、ラオが近付くと頭を垂れるようにスルリと道を開けた。


魔王というのは魔族だけではなく植物にまで影響を及ぼすのかしら?


道を開けた植物を見つめていると恥かしそうに葉をクルンと丸めて別の草の陰に隠れてしまう。


何だかその動きが可愛かった。


そんな風に森の奥へ奥へと進んでいくと、不意に視界が開け、明るい空の青と濃い緑が広がり、小さくも美しい湖畔があった。


まるで絵画を切り取ったかのような素敵な風景に言葉も出ない。


半ば茫然と眺めていたあたしに痺れを切らしたのか、ぶわっと浮遊感がしたかと思うとラオに横抱きにされていた。




「っ、ラオ、下ろしなさい!」


「何故?」


「なぜって、恥かしいじゃない!!」


「誰も見てないから問題ない。」




そういう問題じゃないのと言っても聞き入ってもらえず、ラオはサクサクと歩いてしまう。


どこへ行くのかと思っていると驚くことに湖の水面へと足をつけた。ありえないがラオの足は地面と同様にしっかり水面を踏み締めていて、その度に足元から小さな波紋が広がっていく。


湖に中央まで来ると漸く下ろされた。


が、足元が水なのだ。ラオならともかく人間の自分は沈むのではないかと不安になったけれど、パンプスが踏んだのは硬く滑らかで硝子のような床だった。


カツンとヒールが触れると小さな波紋が浮かび上がって消える。


足を踏み出しても沈むことなく水面はあたしを受け止めた。


それが嬉しくてラオから離れてクルリと回る。あたしの歩いたところを波紋がポツリポツリと広がっては消えて追いかけて来ては、空を緩やかに歪めていった。




「…気に入ったか?」




静かな声に振り返ると微笑を浮べたラオがそっと歩み寄って来た。


大きな手があたしの手と繋がれる。


視線が絡み合った瞳は何故か潤んで見えた。




「えぇ、とっても。こんな素敵な体験生まれて初めてだわ…!」


「そうか。」




足元を見れば少し下を綺麗な鱗の魚が泳いで行く。キラキラと輝く水面に負けず劣らずのその魚は数匹で楽しげに水の中を泳ぎ回っていた。


鏡のように景色を映し出す湖をジッと見つめていると繋がれた手に力がこもった。


見上げれば紅い瞳が真っ直ぐにあたしを見つめ、筋張った指が撫でるように頬を滑る。




「俺は、頼り無いのかもしれない…。」




少しだけ眉を寄せ、苦しげに伏せられた睫毛は切なく影を落とす。


何かに怯えているかのように薄い唇が僅かに震え、一度息を詰め、しかしすぐに意を決した様子で開かれた。




「何時も、迷惑をかけてしまう。解ってはいるのに抑え切れず、我が儘ばかり言って…こんな俺は格好悪いと思って…だが、リアの事となると、如何しても自分を上手く制御出来ない。」


「……うん。」




そんなこと知ってたわ、ずっと前から。


我が儘を言う度に向けられた不安に揺れる瞳も、伸ばしてくる大きいのに頼りない手も、とっくに気付いていた。




「リアが望む様な男に成りたいと思っているのに、如何にも出来なくて……本当はリアに振り向いて貰えるまで我慢するつもりだった。…でも、無理だ。毎日共にいて、傍にいて、苦しいのに嬉しくて…っ」




伏せられていた瞳がまた、あたしを見下ろした。








 

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