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後先考えないのは止めましょう(3)

 







本物だ、何だと騒ぐ少年たちと視線を合わせるために屈む。




「こんにちは。」


「「「こんにちはー!」」」




元気な返事は廊下によく響いた。


理事に怒られていたことも忘れてあたしをキラキラした瞳で見る彼らは、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。




「リールァ様って魔王陛下の婚約者なんだろ?」


「やっぱ陛下ってすげぇ強いの?」


「どんな人?どんな魔力使ってたっ?」




ラオを思い出しながら、一つ一つにキチンと答えていく。


大人と違って子どもははぐらかされるのが嫌いだから、曖昧な返答をしても納得してくれないもの。




「えぇ、婚約者よ。でも結婚はまだしないわ。」


「何で?」


「あたしはまだ魔王様のことを全部知ったわけじゃないもの。お互いを知って、好きになって、初めて結婚を考えるのよ。」




ふーんと分かったような分かっていないような返事が返される。




「けど、とても良い人だわ。優しくて、心が広くて、ちょっと頼りないけれど誠実よ。人間のあたしに歩み寄ってくれるなんて普通はないでしょ?」




三人は不思議そうな顔をした。自分たちの知ってる魔王と違う、なんて呟きが聞こえてきて笑ってしまう。


魔王という立場上、非人道的なこともするし、時には鬼にならなければならないこともある。だが、それだけが彼の本質とは限らないのだ。


あたしに甘えてくるラオもまた、彼自身の本質であるはず。




「表と裏が同じとは限らないものよ。」


「難しいなぁ。」


「そうね、でも何時かきっと分かる時が来るわ。」




そうなのかと三人が顔を見合わせる。


さて、この話はこの辺で留めておくとして…だ。




「それより貴方たちはどうしてここにいたのかしら?授業はなかったの?」


「そ、それは……」


「俺たちやってみたいことがあったんだ!」


「でも先生たちは許可なんてくれないだろうから、」


「それで授業にも出ないで隠れてやってたのね?」


「「「………。」」」




悪いことをした自覚はあるようで、小さな肩がしょんぼりと落ちている。


授業をサボっただけならば何てことはない。けれど教師に黙って何かの実験をしていたことは見過ごせなかった。


あたしも高校に入りたての頃に授業を無断欠席して外に遊びに出てしまったことがある。あの時は担任だけでなく親にまでこっぴどく叱られたものだ。




「迷惑をかけることと、心配をかけることは違うわ。」




ゲームセンターから帰ってきたあたしに親は凄い剣幕で怒鳴った。


‘どこに行ってたんだ!!’


その時は学校を休んだことを怒られているのだと思ったが、後にしてみれば両親はとてもあたしを心配していたのだと気が付いた。


学校に行ったはずの娘が来ていないと連絡を受け、何か事件に巻き込まれたんじゃないか、事故にでも遇ったんじゃないかと近場の病院にわざわざ電話をして確かめたりもしたらしい。


携帯を家に置き忘れていたため連絡すらつかない状況に両親は警察に行こうとすら思ったとか。




「教室をめちゃくちゃにしてしまったのは、確かに学校に迷惑をかけてしまったのかもしれない。けどね、それ以上に貴方たちは先生に心配をかけさせてしまったのよ?もしも貴方たちが怪我をしたら親も哀しむけど、先生もとっても哀しい気持ちになるわ。そうして貴方たちのことで先生は責められてしまうかもしれない。…そういうことを考えた事、ある?」


「…ない。」


「でしょ?それにね、授業は出なくても良い勉強ばかりをやってる訳じゃないの。皆が知っていて当たり前のことをやっているのよ。周りが知っていることを知らないなんて恥かしいわ。」




だから授業も大事。出ないとダメなのよ、と言えば三人は小さな声で「…ごめんなさい」と呟く。


本当に悪いと思っているようだ。


あまり言い過ぎても可哀想だからと理事に笑いかける。




「反省しているようなので、少しだけ罰を軽くしてあげてもらえませんか?」


「…そうですね。今後きちんと授業に出ると言うのなら今日は反省文だけでよしとしましょう。」


「「「ごめんなさいっっ」」」




もう絶対しないと頷く彼らに理事は仕方ないなぁという表情で柔らかく笑った。


そうして他の先生と三人で教室を片付けるように言って、あたしに振り返る。とても穏やかな笑みでありがとうございますと御礼を言われてしまい慌てて手を振った。


あたしは何もしてないし、ちょっとお説教しただけだから。


自分のしたことが悪いことだと認めることができた三人が偉いのだ。




「これでは見学どころではないですね。部屋に戻りましょう。」


「…そうですね。」




廊下にまではみ出した煤と机や椅子を一瞥して、元来た道を辿る。騒動を聞きつけた他の生徒たちに手を振られたり、話しかけられたりしながらゆっくりと理事長室へあたしは戻った。


紅茶を飲みながら迎えの馬車が来るまでの短い間に理事とお茶をする。


歳のいった女性ならではの包容力と穏やかさを持つ彼女はとても素敵な人で、あたしも歳をとったらこんな人になりたい。




「今日はありがとうございました。」




とても楽しかったです。あたしの言葉にカップを持ち上げていた理事はニコッと笑った。




「それは何よりです。途中想定外のこともありましたが…」


「あれは確かに想定できませんね。」


「元気が良過ぎてのんびりしていられませんわ。」




言葉とは裏腹に幸せそうに笑う理事は、きっとこの学校が好きなのだろう。子どもたちに振り回されながらも彼らが成長していくのが嬉しくて堪らないと表情は語っていた。


今日会ったあの三人が、女の子が、どんな大人になるのかと思うとウキウキとした気持ちになる。


彼らは明日も明後日も休むことなく成長していくのだ。




「――…リールァ様、迎えが到着致しました。」




侍女の言葉に頷いて立ち上がった。




「また来ても良いですか?」


「えぇ、何時でもいらしてください。次に御会いできることを心待ちにしております。」




互いに淑女の礼を取って、あたしは部屋を出た。


学校の正面に止められていた馬車へと乗り込めば、ゆっくりと動き出す。


見上げた学校の窓からは手を降る沢山の子どもたちが見え、あたしも小さな小窓から手を振り返していると、すぐに侍女によって窓は閉められてしまったけれどほっこりとした気持ちが胸の中に広がっていった。






 

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