後先考えないのは止めましょう(1)
この世界に来てから更に三ヶ月ほど経ったある日、ふとしたきっかけで魔族にも学校があるのだと言うことをあたしは知った。
以前は学校なんか嫌いだったけれど今では懐かしい。
気になってしまうのも仕方がないと思う。
「ね、ラオ、お願い。」
せっかくだから見学しに行きたいと婚約者の魔王へお願いしてみる。上目遣いでお願いされるとラオは断れないと気付いたのはついこの間だ。
案の定困ったような表情をしたものの護衛を付けるならと折れてくれた。
数日後、お願いした通り魔族の学校、それも人間で言うなら小学生くらいの子供たちが通っている学校を訪問することになった。
城から出たことのなかったあたしにとっては始めてのお出掛け。
ラオは心配なようで、何時もの侍女と数人の護衛(全員女の人だ)を付けて、それでももし危険だと感じたらすぐに逃げるか自分を呼べと言うのだから過保護だと思う。
まぁこの間のインキュバス事件があったから余計に神経を尖らせているのかもしれない。
出掛ける直前に渡された紅い石のシンプルなネックレスは、今あたしの胸元を飾っている。
私服代わりのドレスや生活費必需品なども買ってもらってはいたけれど、手渡しで直接何かを貰ったのはこれが初めてだ。
「此れを…俺だと思って、大切にして欲しい。」
恥かしいのは視線を伏せながらモゴモゴと小さな声でそう言った魔王を思い出すと笑ってしまう。
もっとは気障な言葉は平然と言うクセに、ちょっとしたことになると照れる。そんなラオに弱いというか甘やかしてしまうあたしもダメなのね。
ふふ、と笑っていれば侍女に「どうかされましたか?」と問いかけられた。
「ううん、これをくれた時のラオを思い出しちゃって。」
「とても照れていらっしゃいましたね。」
「普段は剛速球なのに、妙な所で変化球なのよね。」
「誰しも大切な方に贈り物をする際は緊張しますから。リールァ様に気に入っていただけるか陛下も不安だったのでしょう。」
そんなものかしら?と首を傾げれば、そのようなものです。と侍女は笑う。
意外なことにあの魔王はセンスが良い。彼があたしに与えてくれたドレスや小物などはほとんど趣味が良くてあたしが気に入る物ばかりだった。
馬車に揺られながら胸元のネックレスを指先で弄っていると揺れが収まり、やがて馬車は停まった。
侍女は先に外へ出て、周囲を確認するとあたしを促す。
ドレスの裾に気を付けながら馬車から降りればレンガ造りの大きな建物が目の前に広がっていた。学校の先生らしき人が待っていて、あたしにゆっくりと歩み寄ってくる。
初老の女性だった。ひっつめ髪に厚めの眼鏡をかけてはいるけれど、キツい雰囲気は欠片もない。下がった目尻とえくぼが愛嬌のあるその人は淑女の礼を取る。
あたしも同様に礼を取れば殊更女性はニッコリ笑った。
「お初にお目にかかります、リールァ様。私はこの教育学校の理事をしております。」
「初めまして。我が侭を聞いてくださって感謝します。」
「いえ、リールァ様がご訪問してくださると聞いて生徒もとても楽しみにしておりますの。私もお会い出来て光栄だわ。」
本当に嬉しそうに言われて、少し照れてしまった。
立ち話もなんだからと校内に招き入れられ、理事長室で学校の歴史を大まかに聞く。どうやらこの学校はラオも幼い頃に通っていた場所らしい。
だから余計に融通が利いたのかもしれないが。
もう一千年以上も存続しているこの学校では毎年様々な種の魔族が入学し、魔力の扱い方から国の成り立ち、魔族の各種族の勉強などを主に行っているようだ。
この学校を卒業すると更に上の学校があり、大抵はこの二つを卒業するらしい。王族や貴族になると今度は礼儀作法などを主とした厳しい学校をもう一つ通わなければならないとか。いわゆるあたしたちで言う高校だろう。
学校の話を聞いてある程度のことを理解した後に漸く見学が始まった。
理事に案内してもらいながら授業中の教室を一つ一つ見回っていく。
まだ五歳前後の子供たちがいる教室では魔力を出す練習をしていて、それぞれの種族特有の力を個々に分かれて訓練している。
教室の至るところで水が湧き上がったり、小さな火花が爆ぜたりと子どもらしい騒がしい風景だった。
理事は苦笑していたけれど子どもは元気過ぎるくらいが丁度良いとあたしが言えば「元気過ぎて毎年窓ガラスを何枚も新調するんですよ。」と肩を竦められ、それは確かにやんちゃ過ぎるなと顔を見合わせて笑ってしまった。
七~八歳くらいの子供たちになると魔力の制御が主となる。
自分の種族についての勉強を重ね、各種族の特徴を生かした魔力の使い方をマスターするまで何度も何度も繰り返し試すという根気のいる授業だ。
その時だけは種族ごとに分かれて授業が行われ、休み時間になると互いの魔力を競い合う子どもたちのはしゃぐ声が廊下にいても聞こえて来る。
基本的には三、四年で完璧に魔力を扱えるようになるらしい。
ついでに言うなら、この時に各個人の魔力の量も明確に分かるようだ。魔力の多い子と少ない子の違いは力として差が出る。魔力が多ければ使う力も大きくなるが、少ない子はなかなか力を使い切れないのだとか。
魔力の少ない子や種族は装飾品や体に魔力を増幅させる独特な模様を刺青する。
そうして全体的に力が同じくらいになるよう調節するのも学校側の役割なのだと理事は誇らしげに言った。