2.魔術師とメイド(3)
2章最終です。
二人のやり取りはまだ続いていた。アカリは先程までとはうって変わった明るい表情を見せていた。サラも嬉しそうだ。
もう私の出番は終わりだ。あとは彼女に任せた方がいい・・・・そんな事を考える。
「お人形さん遊びかぁー、楽しそうだね。私もやりたいなぁ」
屈託のない笑顔は、まるで花のようだ。
二人のやり取りを見ているうちに起床時間になったのか、私達がいる場所の上級使用人たちがそれぞれ部屋から出てくる。皆忙しいためか、ちらっとこちらを見てから去っていく。皇帝の世話係も通り過ぎた。きっと数分後には、皇族にもこの事が伝わるだろう。しばらくしてから報告に行くことにする。
「サレルに・・・・・サラじゃないか。こんなとこで、何やってるんだい」
掃除婦長のマリーだ。彼女もまた、驚いて目を丸くしている。
「あんたまさか・・・ロリ」
「違います」
どいつもこいつも・・と言いかけてギリギリのところで踏み止まる。
「この子は・・黒髪じゃないかい。どこから連れて来たんだい?」
どうやらサラとマリーの思考回路は似通っているらしい。
「信じ難いですが、異世界から来たかも知れないんです」
「異世界って・・・あんた最近まで興味もなかったじゃないか」
そう、私はこう見えて(?)現実主義者なのだ。魔術を使う人間が言うことではないかも知れないが。
ないかも知れない別の世界の研究に力を注ぐよりも、今自分がいるこの世界の謎を解き明かしていくことの方が必要だ。それが私の考えだった・・・今までは。
「気が変わったんです。・・・と言うよりも、六歳の少女が間諜なんて滅多にない・・・いえ、絶対にないでしょう」
「そーですよ!黒髪なんですし、この子は異世界人に決まってます!!!」
やけに興奮した様子のサラも会話に加わった。
「別に疑ってるわけじゃないけど・・・どうすんだい、この子は」
急に会話が現実味を帯びて、アカリの小さな顔に緊張が走る。
「実は・・・」
「実は?」
訝しげに問うマリーに、周りの注目を買わないよう静かに言った。
「陛下に報告してから・・・・貴女に預かって頂こうと思っているのです。この子はまだ幼いから、たくさんの人と関わって欲しい。私には、できないことですから」
彼女は黙って頷く。そしてアカリに優しく微笑み、頭をそっとなでた。
「分かった。この子はあたしが預かるよ・・・・・・あんたは、それでいいのかい?」
「ええ。この子をよろしくお願いします」
軽く頭を下げる。口から安堵のため息がもれた。
「ヴァートレア殿、陛下がお呼びだ。大至急来るように」
声をかけたのは、カイン=ノイガン。皇帝の三人の側近の中で唯一の常識人にして怪力の持ち主だ。怜悧な青い目でこちらを見つめている。
「承知しました。・・・・ではアカリ、行きましょうか」
アカリはぎこちなく頷くと、私とカインの後を速足でついてきた。
マリーとサラは私たちについていこうとしたようだったが、諦めて自分の仕事へと急いだ。
お付き合い頂きありがとうございます。
次は皇帝とその側近たちが登場します。