10.宮廷魔術師新旧対決(3)
更新遅くなりました。
10章最後です。
ガラスの亀裂はなおもピキピキと音を立てて広がり遂に天井から床までに達した。
「に、逃げろーーー!!」
端の方で見ていた男−−確かサンジェル公爵とか言う名前だった−−の叫び声を皮切りに、その場にいた貴族、掃除婦、非番の警備隊・・・・身分関係なく、我先にと顔を青くして入口へと向かう。無理もない、ガラスは美しいが、時には人間を串刺しにする力を持っている。
「陛下、陛下−−−−」
皇帝の側で控えていたローランと、外に居たらしいシーラが、皇帝の手を取って走り始めた。軽装の踝までのドレスを着ていたかいあって、素早く建物から出ていく。
その様子を見ていた私は安堵のため息を一つつくと、魔術の行使にかかった・・・・・が。
パチン。
「効か、ない・・・?」
人々の叫び声や足音で、ガラスの間は僅かながら震えている。
崩れるのも、時間の問題だ。
私は深く、息を吸う。もう唱えなくなって久しい、呪文。
「我、流れ行く時に命ずる。このガラスの間に流れし時よ、光の如く、逆へ向かえ」
時、それもピンポイントで操る・・・・これは大変高度な術であり、並大抵の魔術師では使う事は出来ない。
我が師、ローレンス=アルバが、編み出した術。私が使ったのは、その省略形だ。
・・・・崩れるかと思われたガラスの間は、元の亀裂の無い状態へと戻った。
どうやら、成功のようだ。
「サレル・・・!」
すっかり人のいなくなってしまった部屋に、テノールの声が響き渡る。
カインだった。
「全く、そら恐ろしいな。貴殿は・・・・」
そう言ってガラスの間を眺め回す。・・・・何だろう、彼から僅かに見ることの出来る、心情は。
悔しさの、様なもの。
「カイン・・・・殿?」
不思議に思って私が声をかけると、いつもの無表情に戻っていた。
「まあいい。・・・・ところで、アカリはどうした?」
はっ、と緊張が走る。そう言えばシーラが連れていたはずなのだが、さっきは共に居なかった・・・。
「危ないっ!」
誰かの声。他ならぬ、師の声だ。
「その魔術は未完じゃ。早く・・・・心を乱すで無い!」
叫ぶや否や、私の側に駆け寄った。
「わしが陣を描く。その間にお前は呪文の詠唱をするのじゃ、時間逆転、時間停止・永久持続を同時に」
「永久持続は・・・・」
「お前の魔力は殆ど無尽蔵じゃ。心配あるまい」
本来ならそれは、魔術師が自らの全魔力を賭けて使うものだ。大抵はこれを使うと、死ぬまで魔術は使えない。
しかし、考える時間は無かった。指を鳴らしただけで直る筈の建物は、大掛かりな魔術を持ってしても、崩れそうになっているのだから。
このガラスの間は・・・・胸の奥にしまい込んだ大切な想いの、出発点。
「分かりました・・・・お願いします」
絶対に守ってみせる。
「成功した・・・か?」
カインが呆然と、呟いた。
「知りたければ、あなたの拳でガラスを叩いてみれば良いでしょう、カイン殿」
疲れ果てた師が、答えた。
そうだな、と彼は自分の拳でガラスを打った。
・・・・何も、起こらない。
「間違いない、成功だ・・・これは、残るがね」
彼は、大理石の床を指さした。ほぼ全体に魔法陣が、描かれていた。
「まぁ、これは二人でガラスの間を死守した努力の結晶って事で・・・・すんません」
突然謝りだす師を見て、カインが微笑む。
「これ位は、良いのでは?このままここが破壊されていれば、それこそ罰則だっただろう」
「・・・そうじゃな!今日はパーティーじゃ!」
開き直った。流石は我が師。・・・何処がだ。
私達は暫く談笑していた。すると、カインが突然尋ねた。
「・・・・じゃあ、決着は?」
すっかり忘れていたが、何よりもう疲れ果てている。続きを行うのは、恐らく無理だろう。この際は・・・・。
私と師は、同時に答えた。
「引き分けで・・・・」
カインは珍しく、呆けた顔をした。