10.宮廷魔術師新旧対決(2)
魔術決闘のルールは、たったの二つしかない。
一つは、相手を殺してはならない。
もう一つは、相手の体に後遺症を残してはならない、と言うこと。
要するに、それ以外何でもして構わない、と言うことだ。
例え、建物を半壊状態にしても。
「いけーっ!」
「ファイトーッ!!!」
熱狂的な歓声が上がる。一方で私は、相手から来る光線を結界を上手く使ってかわしている。
「我、七千の光に命ずる。・・・・一体となり、標的を惑わせよ!」
師が呪文を唱えている。彼が最も得意とする、幻覚魔法。
呪文が終わってからまず見えたのは・・・・赤いドレスを着た若い女だった。私は結界を張る前に、その幻覚に惑わされてしまった。
白い肌は雪の様で、ほんのりと赤い唇をしたその女は、当然肝心な所も大きい。彼女はこちらへ投げキッスをしてきた。
・・・・その動作は余りにも妖艶で、私の体が凍りついた様に動かなくなる。
その時。
「とりゃああああ!」
気合いの入った、叫び声。そしてそれが聞こえたのと同時に、私の頬に強烈なキックがお見舞いされた。当然ながら頬はヒリヒリと痛む。私は右手で蹴られた頬を押さえながら、左手でより強い結界を作り出した。
「・・・・武術で決闘するなんて、一回も聞いておりませんが、師よ」
そうは言って見たものの、これは単なる言い訳に過ぎない。
・・・・魔術だけに頼らず、頭を使い、場合に寄っては武術も使用する。これが、ローレンス=アルバの「戦い方」である。
私には魔術を使って結界を張ったり攻撃することができても、残念ながら武術には長けていない。それに、幻覚に惑わされてしまう心の弱さ、これも私が彼に勝つ事が出来ない理由だった。
・・・・やはり私は、師には敵わないのだろうか。
・・・・「最後のテストだと思え」。
弱気になった私の頭の中に、囁くように聞こえてくる、あの言葉。
まだ、負けていられない。私は頬から右手を離し、パチンと一つ指を鳴らした。途端に、金色の光線が、私の手の平から弾け飛ぶ。すると・・・・その光が師の腕をかすり、彼を奥の壁まで突き飛ばす。周りにいた女性観客が、きゃっと小さな悲鳴をあげた。
「・・・・わしと違って公共物を大切にするのじゃな、サレル。お年寄りよりも」
彼は背中をさすりながら苦笑して答えた。
「貴方が壊しても私が壊しても、責任を負うのは私でしょう」
私は鼻で笑うと再び魔術を行使する為に指を鳴らす。
「ふん。・・・・わしはこれからが、本気じゃ」
彼はそう呟き、バキバキと十指を鳴らした。一体何の戦いなのか、既に分からなくなっている事については何も言わない。
その後も彼は武術と魔術で攻防を繰り返していた。私は何種類もの魔術を同時に行使し、それをかわしていく。時には相手の隙を突いて攻撃をするが、それでもなかなか決着がつかない。
私達の激しい攻防に、歓声はますます大きくなり、ガラスの間が熱気に包まれる。
「おおーっ」
「凄い」
「負けるな!!!」
ここが宮廷であると言うことが分からなくなる程に、各々が叫んでいる。
ところが。
・・・・ピキッ。
亀裂の入るような、軋む様にも聞こえる、音。
「今、何か音しませんでした・・・・?」
「そうじゃな。一体何・・・・」
師の言葉を最後まで聞かずに、亀裂はピキピキと音を立てながら、ガラスの間の全体に広がった。