9.その人、語る(1)
9章前半です。
今回はコメディーっ気ナシ。
ローレンス=アルバはまず自分だけで皇帝に挨拶をした後、私の部屋へとやって来た。
「お前も相変わらずじゃ。ようやく丁寧な言葉遣いを覚えてくれたと思ったが、やはり部屋は汚い。良い成果は綺麗な部屋から生まれると、あれ程言ったじゃろう」
「・・・・すみません」
もっともな指摘だ。
「まあ、そう落ち込ま無くてもよかろう。・・・・さっき皇帝陛下から聞いたのじゃが、この娘さんはお前の部屋に突然現れたそうじゃな」
そうして私の傍らに立っているアカリを見た。慈しむような、温和な視線で。
彼はアカリに近づいて、その頬に手を当てた。
「・・・・どうも、この子に魔術は使われていないようじゃな」
やはり師が見ても、そのようだ。
「これは・・・・『人ならざる者』の手がかかっているのかもしれん」
「・・・は?」
「・・・えっ?」
私とアカリはほぼ同時に驚きの声を上げた。
彼も私と同じく、神や天使、悪魔の存在を真っ向から否定してきた人間だ。この世の全ての事柄は人間や動物達の自らとる行動に左右される・・・・私は何度となく、そう教えられて来た。
私は説の正しさについて問うのではなく、
「・・・・先生はこの八年間、何をしていたのですか?」
と彼に聞いた。
彼は柄にもなく何処か陰のあるような複雑な表情をした。
「話して良いのかどうか分からないが、何か手がかりがあるかもしれん。・・・・まず最初に言っておくが、これからする話はとても普通の人間が信じられるような話では無い。わしがもし他人からこの話を聞いていたならば、恐らく信じなかっただろう。・・・・しかしこれは紛れも無い事実なのじゃ。何人も、変える事はできん」
低い声でそう言ってから、彼は語り始めた。
「わしは宮廷魔術師の職を退いた後、真っ先に帝都を出てお前が育った村に向かった」
「何の為に?」
「サレルの魔力の元を探りに、じゃよ。前にも言ったと思うが、普通魔力を持つ者は両親のどちらかが魔力を持たねば生まれない、所謂、血筋で決まるのじゃ。或いは・・・人ならざる者を親に持っているか」
彼はわたしの目を澄んだ青い瞳でひたと見据える。
「お前は例外・・・・両親のいずれも人間で、魔力を持たない。もしかしたらあの村には、魔力の源となる物があったのか、研究しようと思った。だから、村の外れにある洞窟へと入ったのじゃ。・・・ところが、思いもかけないものに出会ってしまった」
そして瞬きを二つ三つして、再び話す。
「洞窟は大人が危険だと言わなくとも誰ひとりとして入らない位に足場が悪くて暗かった・・・ああ、お前は別だが」
そう、私と彼が出会ったのは、あの洞窟だった。
「絶大なる魔力の源に引き付けられて、殆ど意思の無い状態で進んでいたのじゃが、気が着いたら張られていた結界まで破っていた。それもかなり強力な結界でのう。後で気が付いたらもう戻り方の分からない所まで来ていた」
師匠はよく迷子になっていた。テンションの赴くままに突っ走り、落ち着いた頃には「ここどこ?」というオチである。
・・・・今はそんな事を考えているような場合ではない。アカリは私よりもよっぽど落ち着いて話を聞いていた。やはり彼女はこの年の少女よりも大人びている。
「しかも周りを見たら、洞窟の中の割に明るい。それも、明らかに光源が外から入る日の光では無いのじゃ。・・・・わしはひとまずその光の発されている方向、否、言い換えよう。強い魔力の感じる方向へと進んで行った」
師の最も「長所」だと言える所は、魔力の源を感じる事が出来る事だろう。魔力を隠さずに垂れ流しにしている人間にも気づく事が出来るのだ。
「そのまま進んでいると、やがて行き止まりになった。でも源は見つからない。でも目の前に、大きな岩があったのじゃ。わしは魔法で岩を退けようとしたのじゃが、魔力無効の結界が張られている事に気が付いた。その結界はわしの力を持ってしても強力。お前にはたやすいのじゃろうが、わしは結界破りの術には長けておらんからのう。仕方なく、手で持ち上げる事にしたのじゃ。・・・・すると何故か、余りにもたやすく岩は持ち上がった。その中にあった「もの」が強大な魔力の正体じゃった」
ここで一旦言葉を切る。私とアカリは何もいわず、続きを待った。
「・・・・中に、光り輝く青年がいたのじゃ」
お付き合い頂きありがとうございます。