6.お祭り騒ぎで暴走中(3)
サレルと皇帝、そして弟。
私には四歳下の弟がいる。
私が十歳で家を出た時、彼・・・レイチェルはまだ六歳だった。
昔は地元でも仲が良いと有名で、学校のない日はいつも二人で外で遊び、当時体の弱かったレイチェルがイジメられていたら助けたし、彼もまた私が両親といざこざを起こした時庇ってくれたりもした。
その彼が。
「兄、さん・・・・?」
今、私の目の前にいる。
レイチェルの一言で辺りがざわつき始めた。都の、特に宮殿街と言われるこの街で、私の名と顔を知らぬ者はいない。だが私の家族の一切については何も知らされていなかった。
・・・・皇帝は良政をしているけれども、やはり辺境の野蛮人たちの村で育った者を都に入れるのは貴族達が口を出さないわけが無いのだ。
私にも家族に関しては何も知らされなかった。落ち着いたら会いに行きたいとは思っていたが、多忙によりなかなかできずにいた。本当のところは、家族にどんな顔をして会えば良いのかわからない、と言うのが大きかったのだが。
皇帝は全てを知っていたらしく平然としている。けれども何故、彼がここにいるのだろう?
彼はまだ私の目をじっと見ていた。昔と同じ、心を見透かしてしまうような、透き通った瞳で。
言う言葉が見つからない。
「ーーーー」
何か言おうと思ったその時。
パシッ。
彼の掌が私の右頬をひっぱたいた。
そしてレイチェルは、何も言わず踵を返し、剣を持ち直して相手に向き直った。
「試合を、続けさせて下さい」
かつて弱々しかった声はとても深い。
相手の剣士も彼の言わんとしている事を理解したのか、無言で頷いた。
・・・・二つの剣が交差する。
互角ではあるが、どうやら弟の方が一枚上手のようだ。彼の剣が相手を追い詰めていた。
・・・自分の弟は、こんなにも強くなったのか。
私は二人の剣士を複雑な面持ちで見守った。
「話さなくて、よかったの?」
試合は結局弟が勝った。私は弟に声をかける事無く街に向かって歩きだす。
「・・・良いんです」
「嘘つき」
言った瞬間に言葉が放たれる。彼女は私を鋭い眼差しで睨んでいた。
「サレルは、いつもそうやって自分に嘘をつく。自分に嘘ついて、何か良いことでもあんの?」
分かっている。私は・・・・自分を守るために、嘘をつき続けている。
黙りこくった私を見て、皇帝は深くため息をついた。これ以上何を言っても無駄だと悟ったらしい。深く息を吸って、話し出した。
「そろそろ昼時だけど、どこで食べる?」
「確か・・・・四番街にランディスの本店が・・・・・」
「ああだめだめ・・・・私、普通の店で食べたいんだ。ほら・・・通りに面したカフェとか、景色が綺麗なレストランとか」
意外だ、というわけでは無いけれど、彼女は皇帝という身分。普通の店で食事などしようものなら、くつろいだ時間を過ごすことなどまず不可能だ。
でも・・・・・・今日位、彼女にしたいことをさせてやりたい。
「庶民の楽しみに、”ピクニック”と言う物があるのですがご存じですか?」
「ピクニック?」
首をかしげる彼女。
「草原とか川のほとりだとか、そういう所で食事を楽しむと言う物です。かしこまった店とは違い、リラックスして食事が楽しめると思いますよ」
皇帝はいつもの、輝く笑顔に戻った。
「いいね、すごく楽しそう!一番近くの川って、アマール川だよね?」
「はい」
「じゃあ、早く行こうよ!」
そう言ってスキップをする彼女に、思わず笑顔になってしまう。
なんとなく、分かっている。・・・・・・彼女は暗くなってしまった空気を明るくしたいから、こんな風にふるまっているのだと。
申し訳ないと思う。
彼女を、喜ばせてあげたい・・・・・そんな思いと共に、私は彼女について歩いた。
嘘は嘘でも、この二人の嘘は種類が違います。
次回、川のほとりにて。六章最後です。