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校舎のかわり

掲載日:2026/11/05

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんはさ、学校が壊れる経験したことある?

 別に物理的に校舎が倒壊しきっちゃった、とかまで行かなくていいよ。一部が破損して修理する期間があった……とかでもいい。

 建物のダメージがあると、大きく影響を受けるものとして雨風があげられる。どちらも広い範囲を覆う自然現象であるし、ちょっとしたスキがあると遠慮なく潜り込んでくる代物だ。

 そのため、ちょっとでもダメージが見つかったら、これをカバーしないとまずい。これらは自分が我慢したとしても、まわりのものへも被害を与えがちなものだからだ。中には自分が末永く付き合っていく予定のものもあるだろうね。守らなくちゃいけない。

 これらの修理するもの、どこから調達しているか、こーちゃんは確認しているかな?

 多くは学校の倉庫になってるスペースから板材などを出してくるだろうけど、その板はどこから? ホームセンターのような場所での購入だろうか、あるいは……。

 僕が昔に体験したことなんだけど、聞いてみない?


 僕にはところどころ、記憶のないタイミングがある。

 そりゃ、たいていの人だって人生の一秒一秒すべてを覚えてはいないだろうし、メモリーに抜けが生まれちゃうのは自然なことだろう。

 しかし、小学5年生の秋ごろ。ここ数か月あまりで抜けが目立つなと、感じていた時期があったんだ。

 このころ、地元では台風がよくやってくるタイミングでもあったから、各家でも備えはしているところ。学校もそれなりに補強はしてきたのだろうけど、やや高所にあるのが災いしているのか、こまごまとしたダメージは見受けられた。

 廊下の掃除当番になったときに、ちょっと歩いてみると壁や床などに、雨水がしみているのを見ることができた。その場は雑巾たちを敷き詰めるなりして応急処置をしているが、翌日にはなんともなくなっている。

 例の雑巾たちもかたされてしまったのか、ない。


 このときだ、僕の記憶がなくなってしまっているのに気づくのは。

 これらの雨漏りに対処して、帰りのホームルームを迎えてから、家へ着くまでの間が全然思い出せない。

 まず振り返る必要もない時間だから、当初は気づかなかったな。けれど、母親に学校の提出プリントについて言及されたとき、教室に置き忘れたんじゃないかと思ってね。でも、具体的なタイミングとか、入れた場所などが思い当たらない。

 今日もらって、明日提出。なんとも緊急性の高いものだったと思うし、すぐに学校へ取って返したよ。


 校舎は開いているものの、下校時間を過ぎてしまってから少し経っている。生徒の姿はなかった。

 先生に見つかって、事情を説明すれば気兼ねなく中を歩けるのだろうけど、ここで恥をさらしたくないという若さゆえのプライドが発動。自分がプリントを回収したなどと誰にも気取られずに、ことを済ませたいと考えてしまった。

 外履きを手に持ち、上履きも履かずに靴下のまま、僕は自分の教室へ急ぐ。

 教室は4階。階段にさえたどり着けば、あとはほぼ一直線とはいえ油断はできない。鉢合わせの恐れを警戒しつつ、足音を忍ばせながら先へ進んだのだけど。


 4階まで登りきって、踏み出した廊下の様子が、僕の足を止めた。

 廊下の床、天井ともに、ぐしょ濡れになっている。普段は白色をたたえる天井が黒々と濡れそぼり、リノリウムの廊下もまた世界地図の大陸を描かんとするように、幅をきかせている。

 まだ被害に遭っていない廊下部分は少なめながら残っており、飛び石の要領で渡っていくことは可能だ。が、たっぷりと顔を見せている水の溜まりへ体を踏み込めば最後、盛大に音が立ってしまい、このステルスミッションがほぼ確実に失敗となるだろう。

 もたもたもしていられない。少しずつ広がる水の攻勢に占領されてしまっては、そもそもたどり着くことすらかなわなくなる。

 僕は慎重にポイントを見定めると、第一ジャンプへ踏み出した。

 続いて第二、第三。第四はこれまでよりも間隔が開いていて、ややきわどいところだったが、どうにか飛び越えた。


 あと教室まで、ジャンプひとつ……と思ったところで。

 その教室の入り口から、バケツをひっくり返したような勢いで、新手の水がどっと流れ出してきた。

 廊下をまたたく間に横断しきる勢いもさることながら、僕はそれを見て、にわかにえずいてしまう。

 どっと、「水」を吐き出す僕。それは唾液や胃液ではない、純然たる水の感触だったんだ。

 教室から出続ける水の勢いに乗って、僕も水を吐き出し続けてしまう。とてもじゃないが、動けない。


「大丈夫か――」


 先生の声らしきものも遠くから聞こえてきて、ミッション失敗と相成ったが、このときの僕の身体は水を出し続けるので精いっぱいだった……ということは覚えていたよ。


 また記憶が飛んだ。

 気づくと保健室へ寝かされていて、担任の先生がそばにいる。いつの間に取ったのか、手にはお目当ての提出プリントを握っていたよ。

 ただ、僕の口にはマスクが強く貼り付けられている。口周りを強く押さえつけ、容易に外れないような仕組みだ。

 先生が尋ねてくる。教室前から、ここで寝るまでの意識があるか、と。

 僕は首を横に振った。よく見ると先生の服もそこかしこが、たっぷりと濡れている。

 にわかには信じがたいだろうが、と前置いて先生が話してくれたところによると、いま僕と学校が「つながっている」というんだ。

 人間だと子供の時期に、まれに起こる。

 無機物と思しきものが、有機物とつながり感覚や被害を共有することで、自分の傷みを補填しようという働きだとか。

 これまで、僕の記憶が飛ぶときがその傷みとつながったときなのだという。他の人の話によると、この時間帯の僕は一切のまばたきをしないばかりか、本来は茶色い虹彩部分が紫色に輝いていたというんだ。


 記憶、というリソースを使って、学校が傷みを直す。

 いまだレアケースではっきりとしたことは分かっていないが、僕が水を吐き出したのは、普段では補いきれないダメージをカバーしてくれることを期待して、普段以上に干渉してきた証拠だとか。

 どこまで信じていいか分からない、与太話の範疇かもしれない。

 ただ学校の水漏れがあったときに、僕の記憶は飛びがちになり、その修復も直後になされた、ということは続いたんだ。

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