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転生スライムの異世界ホワイト建国記 ~剣と魔法より「福祉」が最強な件について~~  作者: ひより那


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第6話 鎖の檻と、最善の利益《ベスト・インタレスト》

 妖狐の商人たちが逃げ去った後、広場には彼らが放棄した数台の荷馬車が残されていた。

 村の者たちにとっては、まさに降って湧いたような富だ。剛鬼ごうきたちが荷台の幌をめくり、積載された穀物や布地、鉄のインゴットなどを次々と確認していく。


「湊さま、すごい量です! これだけ鉄があれば、村全員の農具を作ってもお釣りが来ますぜ!」

 鋭牙えいがが興奮気味に報告にくる。だが、続く彼の言葉は、私のコアを冷たく硬直させた。


「……ただ、一番奥の馬車に、厄介な『荷物』が積んでありましてね。どう扱ったもんか」

「厄介な荷物?」


 私は彼に案内され、分厚い布で覆われた一際大きな馬車へと向かった。

 幌をめくると、むせ返るような獣臭と、汚物の臭いが鼻をつく。そして暗がりの中に、互いに身を寄せ合うようにして震える『それら』の姿があった。


「……子供、か」


 犬の耳を持つ獣人の少女、角の折れた魔族の少年、そしてひどく痩せ細った人族の子供たち。総勢十名ほどだろうか。全員が首や手足に重い鉄の鎖をつけられ、怯えきった目でこちらを見つめていた。妖狐の商会が、どこかで攫ってきたか買い取った「奴隷」たちだ。


「とりあえず、鎖を外して飯を食わせてやりますよ。小さくても、これだけいれば畑の雑草抜きや、水汲みくらいは立派にこなせる労働力になりますからね」


 鋭牙が悪気のない、ごく自然な口調で言った。彼の言葉に、長老の灰智かいちも頷く。魔物の世界において、いや、未成熟な社会において、子供とは「大人より力のない労働力」でしかないのだ。


 私が無言でいると、子供たちの中で一番年上に見える獣人の少女が、震える足で前に進み出た。

 彼女は私の前に泥まみれの膝をつき、地面に額を擦り付けた。


「……お、お願い、します。なんでも、します。一日中、働きます。だから……妹たちを、殺さないで……」


 背後で、さらに幼い子供たちがしゃくり上げる。

 彼女の目には、大人という存在に対する絶対的な不信と、生存のための絶望的な諦観がこびりついていた。


「鋭牙、灰智。君たちの考えは間違っている」


 私はゆっくりと馬車の荷台へ上がり、子供たちを繋ぐ鎖に触れた。

 スライムの体液から強い酸性の魔力を分泌し、鉄の鎖を音もなく溶かして切断していく。


「間違っている、ですか?」

「ああ。この村において、子供は労働力ではない」


 最後の鎖が外れ、私は震える少女の頭に、ゼリー状の体を優しく乗せた。

 回復と鎮静の魔力を流し込みながら、私は村の全員に向けて宣言する。


「彼らに畑仕事はさせない。水汲みもさせない。この村の子供たちが持つ『仕事』は、たった二つだ」


 広場が静まり返る。

 私は子供たちと目線を合わせるように、体を低くした。


「一つ目。お腹いっぱい食べて、安全なベッドでぐっすりと眠り、友達と泥だらけになるまで遊ぶこと。……二つ目。文字を読み、計算を覚え、世界がどれほど広く美しいかを知ること。すなわち『教育』を受けることだ」


 鋭牙が困惑の声を上げる。


「湊さま。遊んで、学ぶ? それでは、彼らはただ飯を食うだけの存在になってしまいます。村の余裕も、いつまでも続くわけでは……」


「目先の利益しか見えない者は、真の国など創れない」


 私は鋭牙を、そして大人たちを強い思念で制した。


「子供の心と体は、社会の未来そのものだ。彼らが幼い頃に労働で体を壊し、知識を持たずに大人になれば、この村は今以上の発展を望めない。だが、彼らが学び、私たちにはない発想を手に入れれば、将来の村に何十倍もの豊かさをもたらす」


 前世の言葉で言えば、児童福祉法第一条。すべての児童は、心身ともに健やかに育成され、等しくその生活を保障される。


 私は、固有能力《理を編む者》を起動させた。


「対象領域を設定。絶対保護区画(サンクチュアリ)、展開」


 私の体から放たれた温かな金色の光が、広場の一角にある大きめの家屋を包み込んだ。そこは、剛鬼たちが建てたばかりの最も頑丈な建物だ。


「あの建物を、子供たち専用の『学校』兼『児童養護施設』とする。あの光の中では、いかなる暴力も、精神的苦痛も物理的に発生しない。彼らが彼ららしく、無条件に守られる場所だ」


 児童福祉の基本原理である『児童の最善の利益(ベスト・インタレスト)』。

 大人の都合ではなく、子供にとって何が一番幸せかを最優先する理念を、私は結界魔術として村に定着させた。


「……本当に、働かなくて、いいの……?」


 獣人の少女が、信じられないというように私を見つめる。


「ああ。君たちはもう、大人に媚びる必要はない。泣きたい時に泣き、笑いたい時に笑えばいい。君たちを守り、育てるのは、私たち大人の『義務』だ」


 その言葉を聞いた瞬間、少女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。

 声を上げて泣きじゃくる彼女につられるように、他の子供たちも次々と泣き出し、互いに抱き合った。それは絶望の涙ではなく、長きにわたる恐怖の呪縛から解放された、魂の産声だった。


 その光景を見ていた鋭牙の目にも、光るものがあった。


「……俺たちの親の代じゃ、子供が食えずに間引かれるのは当たり前だった。でも……そうか。俺たちの力は、こいつらが笑って暮らせる明日を作るためにあるんだな」


 剛鬼のリーダーも、太い腕で目元を乱暴に拭っている。

 大人たちが、子供という「守るべき未来」を認識した瞬間。それは、この寄せ集めの集落が、確固たる理念を共有する一つの「国家」へと昇華し始めた証だった。


 こうして私たちの村に、子供たちの笑い声が響くようになった。

 福祉の究極の目的は、次世代へ希望を繋ぐこと。かつて鎖に繋がれていた彼らが、どんな素晴らしい未来をこの村に描いてくれるのか。私は、村の大人たちと共に、その日を心待ちにしている。

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