第395話「漂泊の帳簿」
王都から遠く離れた街道沿いの宿場町。
夜の食堂では、地方を巡る旅の商人たちが、安酒のグラスを傾けながら低い声で話し合っていた。
店の主人は、彼らのテーブルに新しいボトルを置きながら、黙ってその会話に耳を傾けている。
話題の中心は、ここ数週間、誰もその姿を見ていないという王都の貴族たちの動向だった。
「本当に、誰も城へ行かなくなったらしい」
「ああ、俺の取引先も先週、荷物をまとめて南の領地へ引き揚げたよ。王都に残っているのは、もう王弟のヴァルディス様と、数人の近衛兵だけだそうだ」
商人の一人が、声を潜めて言った。
主人はその言葉を聞きながら、かつて歴史書で読んだ「滅びゆく古き王国」の描写を思い出していた。
大軍による攻城戦ではなく、ただ人がいなくなることで、都市そのものが砂のように崩れていく。
商人たちはそれ以上王都の心配をすることはなく、明日の地方での取引の価格について話を戻した。
彼らにとって、中央の権威が消え去ることは、単なる実務上の変更点に過ぎなかった。
宿の主人は、静まり返った外の街道を見つめた。
王都へと続く道は、今夜も完全に闇に包まれていた。
誰の記憶からも、あの栄華を極めた都市の姿が薄れ始めていた。




