表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/32

第1話 契約支配者

「――起きろ。まだ死ぬには早いだろう、ゼル・アークレイド」


 鈍い衝撃が腹に突き刺さる。


「っ……」


 肺の空気が一気に吐き出され、視界が歪んだ。


「はは、いい目だ」


 看守が嗤う。


「十年も閉じ込められて、その目だけは死んでない。だから実験がやめられないんだよ、お前は」


 顎を掴まれる。


 無理やり顔を上げさせられる。


「どうだ? 今日も壊れてくれるか?」


「……そうか」


「あ?」


「好きにすればいい」


 看守の眉が歪む。


「余裕だな。自分の立場、分かってるのか?」


「分かっている」


 ゼルはゆっくりと視線を上げる。


「十年間、飼われていた」


「だったらその顔はなんだ?」


 わずかな沈黙。


「――慣れただけだ」


「……は?」


 ゼルの目が、細くなる。


「最初の一年はな……待っていたんだ」


「何をだ?」


「決まっている」


 静かな声。


「助けだ」


 看守が吹き出す。


「はは、誰が来るんだよ」


「そうだな」


 ゼルは頷く。


「誰も来なかった」


 沈黙。


「一日、待った」


「一ヶ月、待った」


「一年、待った」


「だが来なかった」


「だから理解した」


 ゼルはゆっくりと立ち上がる。


 鎖が重く鳴る。


「信じる価値はないと」


 一歩、踏み出す。


 ――その瞬間。


「……っ」


 胸の奥に、違和感が走る。


「……なんだ」


 心臓が、不自然に跳ねる。


 何かが、欠けたような感覚。


「……今のは」


 思考が、一瞬止まる。


「……何かを、失った」


 理由は分からない。


 だが確信だけが残る。


「……誰だ」


 知らないはずなのに。


 知っている気がした。


「……ふざけるな」


 低く吐き捨てる。


「……まだ、奪うのか」


 違和感を押し殺すように。


「残ったのは一つだ」


 一歩、また一歩。


「殺す理由だけだ」


「……ふざけるな!」


 看守が後ずさる。


「契約しろ」


「……は?」


「契約しろ」


「馬鹿が――」


 言葉が、止まる。


「な、んだ……これ……」


 身体が動かない。


 呼吸が浅くなる。


「恐怖だ」


 ゼルは淡々と告げる。


「お前は理解した」


「自分が下だと」


「やめろ……来るな……!」


「選べ」


 一歩、距離が縮まる。


「俺に従うか」


 影が覆う。


「無価値のまま死ぬか」


「違う……俺は……!」


「契約しろ」


「やめろ……!」


「契約しろ」


「やめろって言ってるだろ!!」


「契約しろ」


「――わかった!!」


 絶叫。


「従う! 従うから!!」


「だからそれ以上来るな!!」


 静寂。


「……契約、成立」


 看守の瞳から意思が消える。


「命令だ。鎖を外せ」


「……了解しました、主」


 鍵が回る。


 鎖が落ちる。


 十年ぶりの、自由。


 だがゼルの表情は変わらない。


 その時――


「……お前みたいな失敗作はな、他にもいるんだよ」


 看守が、ぼそりと呟いた。


 ゼルの足が、止まる。


「……何だと」


「はっ……言ってなかったか?」


「お前だけじゃない」


 歪んだ笑み。


「この施設には、“失敗作”が他にもいる」


 胸の奥が、ざわつく。


 さっきの違和感と、繋がるように。


「……誰だ」


「さあな」


「だが――」


 看守は笑う。


「お前より価値のないやつらだ」


 沈黙。


 ゼルの目が、わずかに細まる。


「……そうか」


 それ以上は聞かない。


 だが確かに、


 何かが引っかかった。


「次だ」


「はい、主」


「案内しろ。外へ出る」


「かしこまりました」


 ゼルは歩き出す。


 その背に、迷いはない。


「――止まりなさい」


 銀髪の女が立っていた。


「これ以上は進ませない」


「……リリア・エルフェルン」


「その名前を呼ぶな」


「あなたはここで終わる」


「そうか」


 一歩、踏み出す。


「なら質問だ」


「……何?」


「お前は正しいと思っているのか?」


 沈黙。


「ここでやっていることが」


「私は……命令に従っているだけ」


「違うな」


 空気が変わる。


「お前は分かっている」


「これは間違っていると」


「……っ」


「だが目を逸らしている」


「やめて……」


「なぜだ」


「それ以上聞いたら……私は……!」


「壊れるか?」


 沈黙。


「それとも、ようやく自分を見るか?」


 長い静寂。


 そして――


「……私は」


「もう、目を逸らしたくない」


「なら選べ」


 ゼルの声が落ちる。


「俺に従うか」


「……」


「そのまま腐るか」


 リリアは目を閉じる。


 そして開く。


「……契約を、受け入れます」


「……白契約」


 静かに成立する。


「命令だ」


「……はい」


「俺に従え」


「……従います、ゼル様」


 ゼルは振り返らない。


 ただ歩き出す。


 十年前、すべてを失った場所を。


 今度は、奪い返すために。


「……待っていろ」


 低く、呟く。


「ガルド」


「リシェル」


「エリナ」


「カイン」


 名前を刻む。


「お前たちは来なかった」


 静かに笑う。


「だから俺が行く」


 その目は、冷たい。


「――契約していない人間に、救いはない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ