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5.孤立無援ですわね……。

 魔導契約に違反したガーニルに、雷が落ちた。

 一方で一緒にすぐそばにいて、彼に胸ぐらを掴まれていたはずのロザリーには傷ひとつない。


 けれど雷に打たれて、衣装ごと黒焦げになってしまったガーニルの姿があまりに衝撃的だったのか、ひゅっと息を呑む音が聞こえてきてしまった。


「……ねえジェルド。もしかして、これが魔導契約を破った罰ということなのかしら?」

「お前に書いて渡しておいて何だが、俺が書いた条項の何に触れたか、全く分からんのだが」

「殿下が書き足していたのです。『ロザリーには悪口を言わない』とかだったような」

「なるほど。完全な自己責任だな」


 自分から守ると言っておいて、翌日にはその事実すら忘れている。


 こんな人が王位に立ったら……朝令暮改(ちょうれいぼかい)なんて生易しいものでは済まないだろう。

 間違いなく、この国は大混乱に陥る。


 エリシアとガーニルが魔導契約を結んだことは知らないであろう騎士たちも、さすがに王太子が大怪我をしたとなっては大問題になると理解しているらしい。


 騎士たちがガーニルのもとへと駆け寄ろうとしたそのとき。

 彼はぴくりと指先を動かした。


「ロザリー。お前には聖女の力を使い、私を治す(ほまれ)を与えよう」

「はぁ? この()に及んで何言ってるんですかぁ⁉ 私聖女じゃないので」

「は? お前、俺を騙していたのか……?」


 ガーニルの絶望するような声が寂しげに響く。

 どうやらロザリーは本格的に彼のことを見捨てるつもりらしい。


 彼はボロボロの姿のまま一人で何とか立ち上がると、今の彼にできる限界であろう表情でエリシアをにらんだ。


「エリシア……!」

「?」

「お前が聖女だというのは本当だったのだな……!」

「ええ。殿下はわたくしの言葉にちっとも耳を貸してくださいませんでしたが」


 婚約していた当時はまったく信じてもらえなくて、「嘘つき」と(ののし)られて。

 何度嫌な思いをしたことか。


 けれどジェルドのおかげで、きれいさっぱり別れられたからか、嫌な思い出がよみがえってくることはなかった。


 ……などと昔をほんの少し懐かしんだ矢先、ガーニルはぜえはあと息を切らしながらエリシアを再びにらむ。


「なら今すぐ治療しろ。私が──この国がどうなってもいいのか?」


 もちろんジェルドたちのいるこの国がどうかなってしまうのは、よくない。

 ……でもその後に頭の中で続いた「第二王子が何とかしてくれると思います」という言葉はぐっと飲み込んだ。


 エリシアはゆっくりとガーニルのもとへと歩みを進める。

 それに待ったをかけたのはジェルドだった。


「エリシア。別に治してやる義理なんてないだろう?」

「それはそうですけれど。まさか魔導契約でこのようなことになるとは思わず」

「……それでお前の気が済むなら好きにしたらいい。光魔法を授かったのは神からの寵愛かもしれないが、先ほどのような巨大な結界を張れるのはエリシアの努力だ。それにお前なら使い道を決して誤らないと信じている」


 こんな状況なのに、ジェルドの言葉にじんわりと胸が温かくなる。

 彼はガーニルが自覚無自覚にエリシアをいかに虐げていたか知っているから「治す必要はない」とエリシアのことを(おもんばか)って言ってくれているのだ。


 けれどエリシアが「治したい」と言えば、そっと背中を押してくれる。


(本当にどうして、彼の心はわたくしではない方へと向いているのかしら?)


 「浮気はしてはいけないわ」と伝えるべきだろうか。


 そんなことを考えながら、ガーニルに癒しの光魔法をかける。

 たちまち金色の光に包まれた彼は、光が収まった時には服こそボロボロのままだったものの、すっかりと元気を取り戻していた。


 ──それも嫌な方向性でも。


「エリシア・ヘルミル! 貴様、あの契約書の内容を覚えていてあえて止めなかっただろう! 不敬だぞ!」

「『契約書の内容を覚えていたら止めなければならない』という条文はなかったかと思いますが」


 エリシアの耳には「このバカ王子、感謝の言葉もないのか?」というジェルドの呆れたような声が届く。

 これは今に始まったことではないというのはジェルドも知っているところなので、ガーニルへの当てつけだろう。


「その態度が気に食わんのだ! 俺の妃──いや、(めかけ)にしてやるからさっさとその男のエスコートなど捨て」


 直後、今度は会場中のシャンデリアの上で輝いていた蝋燭(ろうそく)の火が一斉にそれぞれの持ち場を離れ、ガーニルのまわりを囲むように集まってくる。


 今度はたちまちガーニル一人だけが炎に包まれる。

 「エリシアと再婚約を求める」ということが魔導契約の条文に違反したのだ。


 失態を重ねるガーニルに、もはやエリシアは同情する気も失せてしまっていた。


 再び(ともしび)たちがそれぞれの場所に戻った時には、ガーニルの服はもはやもとの色が分からないぐらいに真っ黒に焦げて、床に倒れていた。


 たった数分の間に二度もやらかすなんて、救いようがなさすぎる。


「おいえりひあ……! わたひのへあをなおへ……!」


 火傷がひどいのか、ガーニルの言葉がいつもよりどこか舌足らずになっている。


 エリシアが大きなため息をつきながら、近づいて治療を試みたそのとき。

 肩にあたたかな感触を覚える。


「エリシア。君の気持ちは分からないでもないが、あとは任せたらどうだ?」

「国王陛下に?」


 エリシアの確認に、ジェルドが頷いた。

 国王陛下の方を見ても、同様に「任せなさい」と頷いてくれたので、エリシアはありがたく引っ込むことにする。


(でもそうよね、息子が大変なやらかしをしてしまったのだもの)


 彼はエリシアのすぐそばまでやって来ると、首を横に振った。


(せがれ)のことは後で医師に見せるから、そう何度も治さなくてよい。負担が大きいじゃろう」

「っ、お心遣い痛み入ります」

「そう畏まらでよい。楽にしなさい」


 彼はそのまま、指先を痙攣(けいれん)させている息子(ガーニル)一瞥(いちべつ)すると、ため息をついた。


「本当にお主は、何をやっておるのだ……。いや、すべて知っておるから答えずともよい」


 国王陛下の言葉は、表面上は父から息子への愛がこもったものでありながらも、その声は完全に冷え切ったものだった。


「我が息子、ガーニル・ゼティオルムは王位継承権を剥奪(はくだつ)の上、王国監視下のもと王都郊外の別邸にて永蟄居(えいちっきょ)とする」

「えい、ひっひょ──」

「また、聖女と詐称(さしょう)したロザリー・ペレット嬢であるが……。魔導契約を結びたいと願うほどの熱意と当人たちの希望により、彼女をガーニルの妻とし、連帯にて夫ガーニルと共に永蟄居(えいちっきょ)とする」

「どうして私まで⁉ 私は悪いことはしてないわよ!」


 ロザリーの弁解(べんかい)に怒りのあまり、声が出そうになった。


 王太子妃になるために魔導契約をしておいて、それが叶わないと分かったらすぐに態度を変える。


 ガーニルに同情するわけではないが、彼女も大概だ。

 「割れ鍋に綴じ蓋」という言葉がここまでしっくりくる二人組を、エリシアは知らない。


 ロザリーはジェルドに目を輝かせると、声高に主張しだした。


「わたし、もうこんな男はこりごりだと言ったでしょう⁉」

「昨夜、国王陛下の執務室にガーニルと二人で訪問してエリシアとの婚約解消を説明し、結婚を強く望んでいると言っておったであろう」

「なっ! わたしはそんなこと言っていないわ!」

「その際に魔導契約も結んだのを忘れたのか? 内容はゼティオルム王国国王の名において婚姻日は決定されるとあったはずだ」


 国王公認で夫婦となる。

 あるいは、何らかの方法でガーニルが即位して日取りを決めるつもりだったのだろうか。


 後者でも契約違反とはならないが、そのようなことを考えていたとしたら、とても怖いことではないだろうか。


「……話は前々から聞いておった。二人が愛し合っているならせめてと思ったのじゃが」

「余計なお世話ですー! 私はもっと他の男と……えっやだ何これ⁉ 辛い! 誰か水を持ってきて! 誰か!」


 たちまち顔が真っ赤になったロザリーは耐えきれなかったのか、テーブルの方へと走っていく。

 けれど会場の隅に控えていた騎士たちによってすぐに取り押さえられた。


 そのうちの一人は水差しを傾けて、直接ロザリーに水を飲ませていたから彼女の口の中はきっと無事だろう。

 「ドレスが濡れる!」と叫びながらも止めないのは、よほど口の中が辛いからなのかもしれない。


「こんなはずじゃなかったのよ! 聖女は未来の王妃になれるって! どうしてわたしだけが!」


 ようやく口の中が戻ったらしいロザリーが放ったのは、そんな一言だった。

 心の底からの悲鳴のような叫び声が、ホールの中にこだまする。


 もはや彼らはこのホールの中で孤立無援の状態であった。

 ホールを出たところで、この国の社交界では誰も罪人となった彼らに手を差し伸べる者はいないだろう。

 ……そもそも、永蟄居(えいちっきょ)なので社交界など気にする必要はないのだが。


 というわけでガーニルとロザリーが騎士たちに連れて行かれたあと。

 落ち着きを取り戻しつつあった会場で、エリシアたちは国王陛下と向かい合っていた。


「アレが迷惑をかけよってからに……。エリシア、すまんかった」

「陛下、よいのです。もう過ぎ去ったことですから」

「さすがは稀代(きだい)の聖女様。懐も深いのうて」

「それは買い被りすぎではございませんか……?」


 突然の国王からの謝罪に、エリシアはたじたじになりながらも何とか答えることができた。

 昨日までガーニルの婚約者だったのに、まるでそれが遠い昔のようだ。


「してエリシア。今宵は卒業パーティーだからのう」

「そう、ですわね」

「思う存分楽しんでいくのじゃぞ」

「──はい!」


 心なしか、国王陛下の視線がジェルドの方も見ていたような気がするけれど。


(気のせい、かしら。……気にしても仕方のないことだとは分かっているつもりなのだけれど)


 ジェルドの方を振り返っても、彼は口を割ろうとしない。


 国王陛下は先ほどエリシアに告げたように「パーティーを楽しんでくれ」と会場中の皆に届く声で言い残して去っていった。


 ガーニルが罰を受けるという話で少し盛り下がっていた会場も、国王の一声であっという間に活気を取り戻す。


 オーケストラが会場の端まで届く音色で奏でるのは、この国の誰もが知っている有名な曲だ。


 そんな中、ジェルドはエリシアの数歩前に進み出ると、振り返って(ひざまず)いた。


「私と一緒に踊っていただけますか?」

「──ええ、もちろん」


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