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第三章 影を失くした国

全5篇の短編の予定です

北の風は重く、鈍く、凍りついていた。

アエリスの帆がかすかにきしむ。

風が止まりかけると、世界が息を潜めるのがわかる。


「フギン、あの光の帯が見える?」

「……ああ。あれは“ルーメン”の結界だ。影を拒む国。」


降下すると、街が光に満ちていた。

あらゆる壁が白く、衣も白く、

空すらも光の膜で包まれている。


だが、その光の中に“深さ”がなかった。

人も家も、輪郭だけでできている。

まるで世界が、影を忘れてしまったようだった。


神殿の前に立つと、衛兵たちが僕を見た。

僕の足元に落ちた影を見て、顔が青ざめた。


「汚れが……!」

「捕えろ、影持ちを!」


僕は引きずられるように神殿の奥へ連れて行かれた。

フギンは頭上を旋回しながら、かすれた声で言った。


「リオ、ここには“影の牢”がある。気をつけろ。」


石の階段を下りる。

祈りの声が壁の中から滲み出ていた。

やがて、黒い水のような部屋にたどり着いた。


――そこに、“影”が蠢いていた。


壁や床に貼りつき、歪んだ形で震えている。

笑い声、泣き声、怒り。

それらはすべて、人間が捨てた感情だった。


「これが……人々の影?」

「そうだ。」フギンの声が低く響く。

「祈りの代わりに、彼らは心を差し出した。」


僕はふと、床の奥に見覚えのある黒い羽根を見つけた。

拾い上げた瞬間、胸の奥が痛んだ。


「……フギン?」

「それは――僕のもう一つの翼だ。」


フギンの目が細く光る。

「学院の夜を、覚えているか?」

「……あの夜……炎と風が、校舎を飲み込んだ。」

「君は祈った。“どうか彼らを救ってくれ”と。

 でも風は、命と一緒に、僕を生んだんだ。」


僕は息を飲んだ。

フギンは、僕の祈りと後悔が形になった存在だったのだ。


「君は僕の影……?」

「そう。君が拒めなかった闇だ。」


神殿の巫女が現れ、静かに言う。

「影を受け入れぬ者は、神に愛される。

 影を抱く者は、永遠の放浪者となる。」


彼女の声が消え、黒い影たちが僕の足元に集まる。

その中に、僕自身の影があった。

手を伸ばすと、影は震えながら僕の指を包んだ。


痛かった。けれど、温かかった。


「……僕は、もう逃げない。」


影は僕の体に溶け込み、フギンの翼が黒く染まった。

光が割れ、世界に初めて“影”が戻る。


街の人々が自分の足元を見つめていた。

影を見て、泣き出す者もいた。

それでも、誰も祈りをやめなかった。


フギンが肩に降りた。

「影があるから、形がある。

 君がそれを見つめられるなら、まだ進める。」


夜が明け、アエリスが光を受けて浮かび上がる。

地面には、僕とフギンの影が長く伸びていた。


「フギン。」

「なんだ。」

「影の中に、風があった。」

「風の中に、影もある。」


僕らは空へ還った。

光と影のあいだを、風が結んでいた。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます

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