第二章 風を閉じ込めた国
全5篇の短編の予定です
アエリスは北へ向かった。
雲を突き抜けるたび、言葉の残響が風の中にほどけていく。
けれど、ふと気づいた。
風の音が――途切れていた。
「フギン、風が……止まった。」
「風は生き物だ。止まれば死ぬ。」
眼下には、白い街が広がっていた。
まるで時間そのものを封じたように、静止している。
水車も、旗も、人々の髪さえも、動かない。
僕はアエリスを降ろし、歩いた。
街角の掲示に書かれていた文字。
“風は痛みを運ぶ。
痛みは争いを呼ぶ。
わたしたちは幸福を守るため、風を封じた。”
人々の表情は穏やかだった。
けれど、その穏やかさは彫像のように冷たかった。
広場の片隅に、小瓶が並んでいた。
その中で、細い風が泣いていた。
「フギン、これ……」
「風の声だ。閉じ込められた言葉たち。」
僕は瓶の蓋をひとつ外した。
――世界が、息をした。
風が一斉に溢れ出し、旗を震わせ、噴水を巻き上げた。
街が再び、音を取り戻す。
だがその瞬間、銀の仮面の女王が現れた。
白い衣をまとい、静かに問う。
「なぜ、風を解いたのです。」
「風がないと、生きていけないから。」
「風は悲しみを呼びます。」
「悲しみがあるから、生きていけるんです。」
彼女は黙り、仮面が風で割れた。
涙が一筋、頬を伝った。
それは風に攫われて、空へ昇った。
街に残った人々の頬にも、風が触れた。
初めての、呼吸の音。
僕はアエリスに戻り、帆を上げた。
フギンが羽音を立てる。
「風は自由だ。だからこそ、痛む。」
「でも、痛みがあるなら――きっと、まだ飛べる。」
アエリスは再び空へ浮かんだ。
街の上に、初めて“風の影”が伸びていた。
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