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第一章 言葉を売る国

全5篇の短編の予定です

港の風は、潮の匂いと一緒に喉を刺した。

僕はアエリスの帆を畳み、重い空気の中へ降りた。


街の通りには、ざわめきがあった。

けれど、不思議なことに――誰も声を出していなかった。


露店の店主も、子どもたちも、口を開かず、代わりに手元の札を見せ合っていた。

札には、整った文字が並ぶ。


『いらっしゃいませ』

『おはようございます』

『値下げ交渉中』


言葉が、売られていた。


「フギン、これは……」

「声の代わりに、紙を使ってる。いや、違うな――声を所有しているんだ。」


大通りの掲示板には、こう書かれていた。


“本国では、言葉は商品である。

話す前に、購入を。”


僕はポケットの底にあった銀貨を差し出し、「おはよう」を一つだけ買った。

言葉は、手のひらの上で温かく光った。

そして、それを口にした瞬間、胸の奥がふわりと揺れた。


「……おはよう。」


その響きが空に吸い込まれると、風が少しだけ動いた。


広場の片隅で、小さな少女が座っていた。

首から下げた札にはこう書かれている。


“言葉を失いました。だれかください。”


彼女の唇は震えていたが、声は出なかった。

僕はアエリスの風核から小さな欠片を取り出し、掌で割った。

光が少女の胸に吸い込まれる。


しばらくして、彼女がつぶやいた。

「……ありがとう。」


たった一言。

でも、その声は風を呼んだ。


通りのあちこちで、人々が立ち止まる。

次々に「ありがとう」が連鎖していく。

言葉が、風になって街を包む。


フギンが僕の肩で羽を休めた。

「リオ、言葉は風だ。

 止めれば腐る。流せば、生まれ変わる。」


その夜、アエリスの帆を張ると、

無数の“ありがとう”が風となって、僕の頬を撫でた。


言葉の温もりは、世界の息づかいのようだった。

ここまでお読み頂き、、ありがとうございます

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