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黒い翼の魔法少女~指名手配された彼女は今日も元気にBLを嗜む~  作者: 浦野 情


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第1話 夏の日、少女がまだ比較的無垢だったころの話


 夏というのは、これほどまでに暑いものだったのだろうか。


 普段部屋に引きこもっている私は、昼夜問わずクーラーの聞いた自室でダラダラ過ごしているので、外とのあまりの温度差に体がついていけない。日光に照らされた人工物から発せられる熱はサウナのごとく。直に触れようものならあっという間にやけどしてしまう。


 これぞ、コンクリートジャングル特有のヒートアイランド現象!


「あっづい~~~~!!」


 襲い来る熱気が私の体の表面温度を上げ続け、汗がダラダラと流れ出てくる。

 帰りたい。今すぐ回れ右しておうちに帰りたい。


 しかし、そんな弱音を吐いてはいられない。

 なにせ今回の勝負は、絶対に勝たないといけないのだから。夢を手に入れるためにも!


「こうなったら、一刻も早く向かって、ちゃっちゃと帰らないと!」


 このままちんたら歩いていたら、スライムみたいにドロドロに溶けてしまう。


 なので私は、目的地まで小走りすることにした。

 全力疾走しないことでスタミナを温存でき、なおかつ歩くよりも早く確実に向かうことのできる。これぞ最強の歩き方!




 小走りしたのは失敗だった。


「はぁ、はぁ、ぐ、ぐるじ……」


 確かに普段15分はかかる道のりを今日は10分で到着することができたのだが、ただでさえ体力のない体で無理をしたせいか、心臓がバクバクしていてしばらくそこから動けなかった。

 結局呼吸を整えるのに5分も費やしたせいで、小走りで来た意味がなくなった。


 私が無理をしてまで来た場所。それは家の近くにある小さな古本屋だった。


 この古本屋、入り口に扉がなく、商品が店先まで並べられている店先販売の形式をとっているせいで、エアコンがない。あるのは扇風機ぐらいなのだが、ここまで暑いと扇風機などただ熱風を送ってくるだけの害悪装置に過ぎない。

 ここの店主のおっちゃんはいつもカウンターで団扇を仰いでくつろいでいるのだが、いつか熱中症になって倒れないかと心配になる。


 なので、本当はここの古本屋にはあまり来たくないのだが、私はここにもう一年ほど通い詰めている。理由は三つある。


 一つは、家の近くにある、私が徒歩で行ける範囲にある書店がここしかないため。


 二つ目は、中古品を扱っているので、中学生の私でも安く買えるため。


 そして三つめは、私の求める本のコーナーがこの書店に集約されているため。


「ただいま~おっちゃん」


「おや、歩夢ちゃんじゃないか。おかえりなさい。今日は何をお求めかな?」


 店に入る時、店主のおっちゃんとはこういうやり取りをするのが私たちの恒例行事となっていた。

 というのもおっちゃんのほうから、ここを自分の家だと思ってゆっくりしていっていいと言われたので、私も遠慮なくおっちゃんにただいまと言える関係になっている。


「そりゃあもちろん、いつものあれでしょ?」


「ははっ、歩夢ちゃんは本当に好きなんだねぇ。そういえば先週新しい本を入荷したんだ。歩夢ちゃんの好きな本があるといいけどねぇ」


「本当!? やったー!」


 私はせっせと目的の本があるコーナーへと足を進める。


「あった、ここだ!」


 私が求めていた本。それはBL本だった。


 BLというのは、一言でいえばボーイズラブの略称。いわゆる男同士の恋愛や特別な関係のことを指すものだ。


 私は今、このBLにはまっている。


 趣味はBL本を読むこと。

 好きなことはBLを嗜むこと。

 好きな食べ物はBL。


 とにかく三度の飯よりBLが好きなのだ。


 この男と男の友情を超えた禁断の関係。

 それに萌えたり、まだ見ぬBL要素を発見しては楽しんだり、そういった楽しみ方ができるのがBLの醍醐味であり、いわば神秘的なものなのだ。


 そして人にもよるが、こういったBL本を探したり買ったりするのは、一般の書店ではやりにくいものだ。

 少なくとも私ならまずできない。周りから変な目で見られるんじゃないかとおもうと恥ずかしいからだ。


 しかしこの古書店はあまり人目につかない場所にあるせいか、客は普段からあまりいない。現に、今いる客は私一人だ。

 おかげで堂々とBL本を探せる。


 よーし、探すぞー!


 私はほんのタイトルを一冊一冊確認しながら、自分が興味を示しそうなタイトルの本を探し始めた。


 BL本と一口にいっても、その種類はまちまちだ。

 そこまで深く踏み込まない関係性もあれば、18禁レベルの物だってある。なので、やはりそこは自分の趣味趣向にあうものを探していきたいものだ。


 先ほど言った絶対に勝たないといけない勝負というのは、これのこと。すなわち『暑さに耐えられなくなる前に目的の本を見つけること』だ。

 決して変な意味ではない。


 うーん、それにしても、今日はあんまりビビッと脳内に来るタイトルの物がないなー。


 私が首を傾げていると、不意におっちゃんのいるカウンターの隅に置いてあるブラウン管テレビから、気になるニュースが聞こえてきた。


『続いてのニュースです。今朝出現した○○市のプリンセスについて、政府は、魔法少女によって討伐が完了したと報告しました』


 うん? 魔法少女?


 トコトコと、テレビの前に駆け寄ってみる。


『討伐したのは、青の魔法少女である如月藍里さん。得意の氷魔法で、今日も果敢にプリンセスに挑み、見事これを撃破したとのことです』


『いやー素晴らしいですね。期待の新人と噂されてからもう三年も経っていますが、今や魔法少女たちを率いる立派な先輩ですね!』


『ええ、私たちはこの国を守る魔法少女たちによって日々の日常が守られている訳ですから、彼女たちには感謝しないといけませんね。それでは続いてのニュースです――』


「おぉ!」


 それは、プリンセスを討伐した、私の憧れでもある如月さんが活躍したというニュースだった。


 やっぱり魔法少女はかっこいいなぁ。私もいつかこんなふうに活躍してみたいな。


「魔法少女、ねぇ……」


 するとおっちゃんは、なにやら不穏な眼差しでテレビを見ている様子だった。


「おっちゃんどうしたの?」


「うん? ああいや、なんでもないよ。それより、お目当ての本は見つかったかな?」


「うーん、それが脳内にビビッてくるものがなかなか見当たらないんだよね~。ねえおっちゃん。在庫の方にもっと面白そうなBL本とか置いてないの?」


「面白そうな本か。う~ん……あっ」


「何か思いついた?」


「ああいや、なんていうか……」


 おっちゃんは少し考えるように目を泳がせた後、私にこんなことを聞いてきた。


「そういえば、歩夢ちゃんは魔法少女が好きなんだっけ?」


「えっ? うん、大好き! 魔法少女って、皆を守るヒーローなんでしょ? 私そういうのに憧れるんだよね~!」


 私にとって魔法少女は、BLと同じくらい好きなもので、今の私の生きがいと言ってもいいものだ。


 今から20年前に突如として現れた、プリンセスという謎の怪物。街を破壊し、人々を虐殺していくその生物にはなぜか現代兵器が通用せず、人々はなすすべもなく追い詰められていった。


 その時に現れたのが魔法少女。彼女たちはあふれる正義感と無邪気さを力に変え、プリンセスをあっという間に倒していった。


 それからというもの、日本政府は魔法少女の源である精霊たちと契約を交わし、魔法少女を供給してもらう代わりに精霊たちが住む世界『ユートピア』を守る取り決めを交わしたんだって。


 それ以来、少女たちの中には精霊にスカウトされて魔法少女になる子たちが出てきて、そういった子たちのおかげで今日も街の平和が守られているってわけ。


 というのが、小学校の歴史の授業で聞かされた大まかな概要だ。


「私もいつか精霊にスカウトされないかな~! そんで魔法少女になったら、とっておきの必殺技でどかーんとプリンセスをやっつけて、皆を守るんだ!」


「……そうか。実はそんな歩夢ちゃんにぴったりの本があるんだ」


「ふぇ? 私にぴったりの本?」


「ああ。とある男の子が性転換して魔法少女に選ばれ、これまた性転換した元少年の魔法少女と一緒に戦っていくうちに特別な絆で結ばれるっていうよくわからない話なんだけど……」


「買います!!」


「そ、そうかい……」


 それってTS魔法少女もののBL版!?


 なんか属性が多すぎてよくわからないけど、たしかにBLと魔法少女好きな私にとっては興味深い代物に間違いない。


「わかった。それを歩夢ちゃんに売ろうか。でもその前に、おっちゃんと一つ約束してほしいんだ」


「約束?」


 私がこてんと首を傾げると、おじさんはいつになく真剣な表情でこういった。


「仮に、歩夢ちゃんが将来精霊にスカウトされるようなことがあっても、魔法少女にはならないでほしい」


「……えっ?」


 突然、頭にたらいでも落とされたような気分だった。


 衝撃的だった。まさかおっちゃんからそんなことを言われるなんて思いもしなかったのだ。

 てっきり、おっちゃんなら私の夢を応援してくれると思っていたのに……。


「ああ、そんな涙目にならないでくれ! これには私なりのちゃんとした理由があってね……」


「……なに?」


「まず第一に、魔法少女というものは、とても危険で危ないものだからだ」


 おっちゃんが腰に左手を添えて、右手の人差し指を立てた。


「プリンセスというのは、まだまだ謎が多いとても危険な存在なんだ。その脅威度もプリンセスによってまちまちで、脅威度の高いプリンセスと戦った魔法少女の中にはこれまで何人も死者が出ている。そうじゃなくても、初心者魔法少女が自信過剰に突っ込んで無駄死にするケースも後を絶たない。いくら政府からの補助が受けられるとは言っても、魔法少女は、リスクとリターンが釣り合っていない危険な職業なんだ」


 いつものおっちゃんらしからぬ口調で、私に現実を突き付けてくる。


「うっ……で、でも私はそういうへまは犯さないもん! それに、私は損得で魔法少女をするわけじゃないし……好きで魔法少女やりたいわけだし……プリンセスを倒せば、みんながありがとうっていってくれるし……」


「第二に、世間は歩夢ちゃんが思っているほど優しくはないということだ」


「へっ?」


 おっちゃんは右手の中指も立てた後、どこか暗そうな顔をする。


「世間というものは、常に自分勝手な物なんだ。昨日まで英雄扱いしていたのに、次の日には悪者として責め立てることだってあるんだ」


「そ、そんなことないよ! なんでおっちゃんそんなこというの? ひどいよ!」


「……まあ、これについては、大人になればいずれわかることだ。とにかく、魔法少女にはならないというおっちゃんとの約束、守ってくれるかな?」


「…………」


「そうでないと、この本は売れないな~?」


「うっ……わ、わかった。約束する……」


 私はしぶしぶ頷いた。頷くほかなかった。でないと、目当てのTS魔法少女ものBL本が買えないからだ。


 そんな私の様子を見かねてか、おっちゃんが苦笑いを浮かべた。


「はははっ、ごめんね。私も別に歩夢ちゃんに意地悪したいわけじゃないんだ。ただ、これだけは守ってほしかったからね。おっちゃんとの約束だぞ?」


「うん。わかった。約束する」


「よし、ならばこの本を売ってあげよう」


「わーい、やったー!」


 正直そんな約束なんてくそくらえだと思ったけど、今はとりあえず守るということにしておこう。どっちにしろ、まず私に精霊がこなければ話にならないわけだし。


 こうして私は、自身の需要がすべてそろっているであろうTS魔法少女ものBLという謎本を手にすることができた。




 これが、全ての始まりだった。




 大事な事なのでもう一度言う。

 これが、全ての始まりだった。


 まさかこんな訳の分からない本が全てのきっかけになるだなんて、このときの私は思いもしなかった。


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