プロローグ3 黒翼の魔女隊
「えっ――」
瞬間、気が付いた時には既に少女の視界から水色の魔法少女は消えていた。
『キュー!?』
「おーよしよし。ちょっとだけ大人しくしててね」
振り向くと、水色の魔法少女がろう坊を両手で捕まえたまま、何かの石をろう坊に近づけていた。
「ちょ、ちょっと! ろう坊に何するつもり!?」
「まあ見てなって」
水色の魔法少女がウインクをした直後、彼女が持っていた石が突如緑色に発光した。
『キュー!!』
「うっ……」
また、胸に何か痛みのようなものを覚えて少女は崩れ落ちる。
しかし、今度の物は貫くような痛みではなく、自分に憑いていたものが徐々に引いていくような、そんな心地の良い違和感が常に付きまとっていた。
「はい終了。ごめんね、ムリにやっちゃって」
水色の魔法少女はろう坊を解放すると、今度は紫の魔法少女の元にやってきて膝をつき、背中をゆっくりとさする。
「大丈夫? 痛いところはない?」
「……あんた、一体何をしたの?」
「さっきの男が言っていた呪いを、一時的にだけど取り除いてあげたんだよ」
「は、はあ? そんなことできるわけ――」
「はいこれ、手鏡」
水色の魔法少女は、どこからとりだしたのか、手鏡を紫の魔法少女に突き付けた。
「うそ、ど、どうして……」
そこに映された自分の姿を見て、少女は唖然とした。先ほどまで自分の顔を覆っていた黒い紋様がきれいさっぱりなくなっていたからだ。
「精霊は、魔法少女の魂そのものだからね。精霊をこの石で癒してあげれば、君をむしばんでいるその呪いも収まるってわけ」
「あ、あんたは一体……」
「言ったでしょ。あたしは黒翼の魔女隊の一員。闇の魔法少女たちを助けて、この世の中に反逆するのが、私たちの使命なの」
そう言って、水色の魔法少女が顔を覗き込んでくる。
「だから、もう安心していいよ。あたしが来たからには、君の身の安全は保障するからさ」
「……うっ」
直後、紫の魔法少女は抱き着いた。
自身の呪いが解けたことへの安心感も相まってか、今までの疲労や苦しみが涙となって、次々に流れてくる。
「あ、ありがとう……こわかった、こわかったよぉ……」
この人なら、信頼してもいいかもしれない。
少女は随分と久しぶりに、人を信頼する事への安心感を感じたのかもしれない。
水色の魔法少女も、何も言わずに泣いている少女の頭を優しくなでる。
ほんのひと時の間だけ、この空間には優しさが満ちていた。
「この先だよ。暗いから、足元に気を付けてね」
その後、二人は黒翼の魔女隊のアジトがある場所へと向かった。
水色の魔法少女曰く、アジトはダミーがいくつかあるが、本物は一つだけなのだと教えてくれた。
そして、そのアジトがあるのは、シャッターが閉まっている廃れた商店街のはずれにある廃ビルの中だとも。
水色の魔法少女の案内で、紫の魔法少女は廃ビルの中を進んでいく。エレベーターは壊れているので、途中にある非常階段から地下へ潜っていく。
そうして、だいぶ地下深くまで降りたところで、広い空間に出た。
そこは、まるで家のリビングと見間違うほどに生活感にあふれた場所だった。
家具一式や本棚、ソファーなどが、ひび割れてボロボロではあるものの、すべてそろっていた。
部屋の中央には電気が通っているのかわからないつぎはぎだらけのこたつがあり、そこに三人の少女がくるまっていた。
一人は緑を基調とした髪色の魔法少女で、他の二人もそれぞれオレンジと黄色を基調とした魔法少女服に身を包んでいた。
「おう、やっと来たか。水葉」
緑の魔法少女が、水葉と呼んだ水色の魔法少女に語り掛ける。
「おやおや、また新しい子をつれてきたのかい。物好きだねえ水葉ちゃんは」
オレンジの魔法少女が自分の眼鏡をくいっとさせて、紫の魔法少女を興味深そうに眺める。
「いや~ごめんねぇおそくなっちゃって。やっぱ困ってる子は放っておけないからさ!」
「まっ、せっかく水葉が連れてきたんだ。せいぜいこき使ってやるからな新人」
「ちょっと野乃花ちゃん! 新しく来た子に、その、そういういい方はあんまりよくないと思うよ!」
黄色の魔法少女が、野乃花と呼んだ緑の魔法少女に注意する。
「あっはは、まあこんなメンツだけど仲良くしてやってあげてね。ああそうそう、自己紹介をしなきゃね。みんな、彼女は結愛っていうんだ。道端で例の秘密結社に勧誘されそうになってたところをあたしがびしっと助けてあげたってわけ」
「よ、よろしくお願いします……?」
まだあまり状況が飲み込めていない、結愛と呼ばれた紫の魔法少女は、とりあえずその場の空気にあわせて挨拶を交わす。
「へぇ~! 水葉ちゃんかっこいいね! あっ、結愛ちゃんよろしくね!」
「普段能天気バカのくせにこういうところはしっかりしてるんだよな」
「おい野乃花。そのセリフは聞き捨てならないぞ!」
ギャーギャーと言い合いしている四人組。
その様子に、結愛は目を丸くする。指名手配されているテロ組織と聞いていただけに、一体どんな組織なのかと少し身構えていたが、それはどこにでもいるような女の子の会話そのものだった。
一体なにを警戒する必要があったのだろう。少女はそんな安心感に包まれた。
そんな四人組はおいといて、結愛は辺りを見回す。特に彼女が気になったのは、本棚にびっしりと詰め込まれている大量の本だった。
「おっ、その本が気になるのかい?」
「ふふっ、いいことだ。本は知を養う素晴らしいものだからな」
水葉とオレンジの魔法少女が結愛を気に掛けるなか、結愛は本棚にある本を1つ手に取った。
(あれ、これって……)
結愛は素朴な疑問を水葉たちにぶつけてみた。
「ここってBL本も置いてあるんだ。少し意外」
「あれ、そう? まあ、置いてあるというか、ここにある本は全部BL本なんだけどね」
「…………えっ?」
結愛は目を白黒させた。
と、その時だった。
ドタドタドタッ
先ほど自分が降りてきた非常階段から二人分の足音が聞こえてきた。
それも、かなりの駆け足で。
「おっ、ちょうど隊長と副隊長が帰ってきたところかな?」
「今日はどんな朗報をもってくるんだろうな?」
「えっ、あの、ちょっと?」
何故本棚いっぱいにBL本が詰まっているのかと、結愛が聞く間もなく――
バタンッと
非常ドアが開け放たれた。
「はぁ……はぁ……」
ドアから飛び出てきたのは、二人の少女だった。
一人はピンク色の可愛らしいセーターに身を包んだ黒髪の少女。もう一人は、今の時期には早すぎるコートを着ていてなお寒そうに体を震わせている青い髪のツインリングの少女。
二人とも魔法少女には間違いないと思うが、今は変身を解除しているらしい。
(この二人って……!)
結愛は目を見開く。
なにせこの二人の少女は、いまや全国から指名手配されている、黒翼の魔女隊のトップに君臨する人物なのだから。
「「「…………」」」
二人とも息切れをして呼吸を整えている中、その場にいる全員が固唾を飲んで報告を見守る。結愛も一緒になって黙った。
そして呼吸を整えた黒髪の少女がにっと笑顔を浮かべると、第一声にこう叫んだ。
「おまえらぁあああああああああああああああ!! 新しいBL本を仕入れてきたぞぉおおおおおおおおお!! まぐろー先生の新刊だぁあああああああああああああああ!!!!」
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
その場は一気ににぎやかになった。
下手すれば、外まで聞こえてしまうんじゃないかと心配になるほどの声量で。
「「「B・L! B・L! B・L! B・L!」」」
そして唐突に始まる謎のBLコール。
結愛は思った。
これは、とんでもない組織に身を預けてしまったのではないかと。




