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黒い翼の魔法少女~指名手配された彼女は今日も元気にBLを嗜む~  作者: 浦野 情


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プロローグ1 魔法少女というモノ

世界観を説明するためのプロローグとなります。

不要であればこの部分は読み飛ばして、第1話から読んでいただいて構いません。

 

 ジリリリリリ――


 明かりがちらほらと浮かぶ夜の住宅街に、警報音が鳴り響く。


 それを皮切りに、今まで静寂を保っていた空気が一斉に動き出す。

 家やマンション、ビルなどの明かりは瞬時に消え、ドタドタと人の足音だけが聞こえてくる。多くの住民が外へ出て、手元のスマートフォンを頼りに夜の街を駆けだしていった。


 やがて、街のスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。


『警告。町内にプリンセス警報が発令されました。指定された区域に住む住民の皆様は、速やかに避難を開始してください。現在、町内の小学校の体育館が開放されています。地下シェルターをお持ちでない方は、速やかに体育館の方へ避難を開始してください。繰り返します。町内にプリンセス警報が発令されました。住民の皆様は、速やかに避難を開始してください――』


 けたたましい機械音声が、スピーカーを振動させる。


 そんな異様ともとれる内容のアナウンスに、しかし人々は瞬時に理解し従う。

 ある一軒家の住民はシャッターを閉めて、明かりを全て消したのちに地下へと降り、あるマンションはなんと建物ごと地下に移動してしまっていた。


 この街では人々に地下シェルターの所持あるいはそれに準ずるものの所持が努力義務とされており、もっていない人々はあらかじめ指定されている避難所へ避難するように言われている。


 なぜそんなものが義務付けられているのか。それはいずれわかることだ。


 こうして、警報が発令されてからものの数十分ほどで、街から人の気配がなくなった。




 だが、何事にも例外はあるもので、誰もいなくなったはずのとある裏路地からは、ずるずると足を引きずっているような音が聞こえてきた。そしてやがて、人影のようなものが見えてくる。


 暗がりの中なので細かい特徴は分からないが、身長は小、中学生程度だろうか。時折聞こえてくる呼吸音から、普通の一般人ならまだあどけなさの残る少女だと予想できるだろう。そして、彼女の周囲を何かがふわふわと浮かんでいるのも視認できるだろう。

 その浮かんでいるものは、蠟燭、あるいはそれに近い形の影を作っており、キューキューと可愛らしい鳴き声のような音を立てながら浮かんでいる。


 これを道行く人が見た場合、一体何事かと足を止めるのかもしれない。けが人か、逃げ遅れか、はたまた幽霊の類かと。

 しかし、今の彼女にそのような興味関心を持ってはいけない。なぜなら、彼女の瞳には何も映っていない。どこまでも続く絶望という名の闇しか映し出していないからだ。


「……あっ」


 そんな幼さの残る少女が裏路地から大道路に出ようとしたとき、腰を大きく曲げている一人の老婆が苦しそうに道端を歩いているのが目に留まった。

 いや、本人的には走りたいのだろうが、腰の痛みのせいか、はたまた体力が追い付いていないのかそうすることができないでいるのだ。


 そんな老婆が向かっている先はどこか? 

 そんなの決まっている。先ほど警報の中でも言っていた小学校の体育館に避難しようとしているのだ。


 もとより地下シェルターなどというものを持っている住民など、この街では富豪と、安全性を重視する一部の住民だけだ。ほとんどの住民は自分の足で避難所へと向かうが、この老婆は一人取り残されてしまったのだろう。


 だが、少女は思う。この調子で向かっていたら、いずれ現れる『アレ』に見つかってしまう。そして見つかったら最後、一般人では絶対に逃げ延びることなどできない。


 そう考える少女であったが、その思考回路の中に『助けよう』という考えは浮かんでいなかった。

 ただ単純に『アレ』がきたら、気晴らしにこれまでのストレスをぶつけようと、その程度にしか考えていなかった。


 理由は単純。いくら助けたところで、メリットが薄いどころかデメリットしかないからだ。


 そのまま成り行きを見守る少女。そして、進みが遅い老婆の前に、『ソレ』は現れた。


「い、いやぁあああああああああああああああ!?」


 絶叫する老婆。


 無理もない。突然目の前の地面に浮かんだ陰から異形の怪物が現れたら、基本誰だって驚くだろう。少女はそう思った。


 その怪物は、一見髪が長い普通の人間の女のように思えた。だが、ひび割れた灰色の肌や異様に煌めかせる真紅の瞳、そして背中から這い出る無数の触手が、人間ではないことを如実に表している。

 なにより異常なのは、その大きさだ。三メートルは優に超えている、まさに怪物だった。


「出たわね」


 プリンセス。


 人々がそう呼ぶその怪物は、じりじりと老婆の方へにじり寄ってくる。老婆は慌てて逃げようとするも、腰が引けて上手く立ち上がれない。


 そして、プリンセスがその鋭い爪を老婆へ振り上げた時だった。


 ビシュッ


 少女が覗いていた裏路地から紫色の光線が飛び出て、プリンセスの体を貫いた。


『{*>>*?JVGTUK<P{*?HFT(+<!!??』


 悲鳴を上げるプリンセスだが、その真紅の瞳はまっすぐ裏路地を睨みつけている。穴の開いた胸を押さえながらも、まだ生きているどころか二本足で立っているあたり、さすが怪物といった所か。


「ちょうどいいところに。せっかくだから、ストレスのはけ口になってもらうわ」


 そんな声が裏路地から聞こえたと思うと、影が伸びて――少女が姿を現した。


 その少女は、紫色の髪を腰まで伸ばしており、幼い顔立ちをしていた。そこまでなら、12、3歳程度の普通の女の子として誰もが認めるだろう。


 だが、その少女もまた異様な人種だった。身に着けている衣装は紫を基調としたふりふりのドレスで、所々に可愛らしい装飾があしらえられている。頭にはリボン、胸には大きなハートのネックレス、手に持っているのは先端に星形の装飾が付いた魔法のステッキ。

 そして、傍にふわふわと浮かんでいるのは、蝋燭にかわいらしい顔が付いただけの謎の生物だった。


 一昔前ならふざけてるとしか思われないであろうこの格好に、今ならだれもがピンとくるはずだ。


「魔法、少女……」


 腰を抜かしたままの老婆がそう呟いた。


「一気にいくよ、ろう坊」


『キュー! キュー!』


 傍に漂っているろう坊と呼ばれた生物に話しかけた後、少女はステッキをプリンセスに向ける。


 そして一言。


「『アメジスト・バレット』」


 それで全てが終わった。


 少女の目の前に魔方陣が展開され、そこから飛び出した無数の魔弾がプリンセスを襲ったのだ。それは、回避不能な絶対的な弾丸の暴力。


『GYAAAAAAAAAAAA!!!!????』


 一瞬の出来事だった。


 プリンセスは体中に穴をあけた後、静かにその場に倒れ、やがて消滅した。


「あ、あはは……ありがとねえお嬢ちゃん」


 恐怖から解放された老婆が、やっとの思いで腰を上げて、傍にいた魔法少女に礼を言う。


「…………」


 少女は顔を俯かせたまま、動じる気配がない。


「あたしももう年だねえ。こんな若い子に守られちゃうなんて……!?」


 瞬間、少女の方へ振り向いた老婆が、目をぎょっと見開かせた。


 口元を手で押さえ、真っ青な顔で体をわなわなと振るわせているその様は、明らかに恐怖におののいている姿だった。そのせいで、老婆は再び腰が引けてその場に座り込んでしまった。


 一体老婆の身に何があったのか?


 それは、すぐそばにいる魔法少女の姿に問題があった。


 月明りで照らされた魔法少女。

 それにより、今まで暗がりで見えなかった彼女の異質な部分が晒しだされたのだ。


 一つは、少女の顔の右半分に描かれた黒い紋様。


 もう一つは、少女の背中から生えた、黒い小さな翼である。


 これも、少し前までは他の魔法少女と何が違うのかわからない人々は多かった。だが、いまやこの国に住まう者ならだれもが知っている。


 なにせ、最近指名手配された『あの』少女と同じ特徴をもっているのだから。


「や、やややや闇の魔法少女!?」


 人々は言う。


 闇の魔法少女は、この世に存在してはならない極悪非道な魔法少女なのだと。


 それは、存在自体が許されないはずの、恐るべき何か。


「ひいいいいい!? た、助けておくれ! どうか、どうか命だけはああああ!!」


「…………」


 闇の魔法少女は、それまで俯かせていた顔をゆっくりとあげ、老婆の方へ視線を向けた。


「ひぃっ!?」


 目と目が合い、老婆はさらに悲鳴を上げ、その場に縮こまってしまった。


 しかし、少女は何かに失望したようにその瞳を曇らせると、老婆がいるのとは反対の方向に歩いて行った。

 そして老婆がその行く末を見守る中、少女は闇に紛れて姿を消した。

 

 

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