09 わからずやの息子(モーリス視点)/わからずやの父(マルク視点)
「父上! どういうことなのですかっ!?」
私が自室でくつろいでいると、息子のマルクがどかどかと部屋に入りながら怒鳴りつけてきた。
「マルク、部屋に入る時はノックくらいしなさい。薬草学校に入る最低年齢の子供でも知っていることだよ」
「うっ!」
私が幼子にするように叱ると、マルクはしょんぼりとする。
ルグラン家は貴族といっても、街が一つに村が三つの小さな領だから仕方がないけれど、もっと貴族としての立ち振る舞いをしっかりと教え込んでおけばよかったかな。
領の発展をと願って、領主の仕事と薬草学校の仕事の両輪で頑張ってきたが、それゆえに息子の教育を怠ってしまったか。
「で、マルク。どういうこと、とはどういうことだい?」
「ち、父上、そうです! コピク王国に優秀な薬師を探しに行くと言っていたのに、なんですか、あの小娘は!」
「はあ、他人を指して小娘など言うものではないよ。……私が連れてきたというなら、マリー嬢のことかな」
「そうです! あれが優秀な薬師なのですか!?」
「報告書は提出したはずだがね。彼女は鉄道で一緒になった薬師見習いだよ。コピク王国は古い習慣が多くてね、薬師の引き抜きはできなかったんだよ」
薬草といえばバルシュ王国、とまで言われるほどだから、薬師ならば条件が多少悪くても来てくれるだろうと思っていたが、意外や意外、コピク王国でも薬師の待遇は良く、引き抜きに応じる人は少なかった。
もちろん、まともなポーションも作れないような輩は別だが、それなら自国の民を薬草学校に入れて教育をしたほうがマシだ。
とはいえ、そんなことをバカ正直に話しても、息子は納得いかないだろうし、コピク王国には古い習慣……薬師は領主の直轄で移動の権利がないという話にしておこう。
ま、私が引き抜きを行った何人かは、本当に領主お抱えで引き抜くことができなかったから、あながち間違いではない。
「それはわかります! ですが、なぜ無料で薬草学校に通わせるのですか! 少ないとはいえ負担がかかるのですよ!」
「はあぁ。あのなぁ、薬草学校の特待生に対する予算は薬草学校の資金から出ているから、いくら領主でもマルクには関係ないだろう。忘れているかもしれんが、薬草学校は領主の持ち物ではなく、私の個人資産だからな」
確かに薬草学校は領主時代に領主である私が主導をして設立したものだが、領の予算ではなく私の個人資産で創られたものだ。
多くの貴族が領主、あるいは当主として得た金と、自分自身に振り分けた金を同一視しているが、ルグラン家では代々、公私をきちんと分けて明朗会計にしている。
代々の当主は個人資産で豪遊したり、趣味のモノを集めたりしていたが、私にとってのソレが薬草学校だったというわけだ。
ま、特待生を入れられるほど儲けが出ているので、道楽とは言い難いがな。
「で、ですが、領主は俺ですよ? 一言あってもよかったのでは?」
「だから、報告書は出したと言っているだろう。それに、マリー嬢は薬師としてもそれなりなようだよ。すでに授業で作成したポーションを冒険者ギルドに卸してくれたそうだ」
実習担当の教師から連絡があった。マリー嬢は初級クラスの誰よりも丁寧にポーションを作り、これなら、この街で薬師としてやっていけそうだと。
もちろん即戦力というわけにはいかないだろうが、それでも薬師の数を一人でも増やしたいルグラン領にとっては、マリー嬢は貴重な人材だ。
だからこそ、私が彼女を特待生として迎え入れたのは間違いではないと確信していたのに……この息子はどこまで理解しているのだろうか。
「と、とにかく! 俺は認めませんからね! あんな小娘を特待生にするくらいなら、他の領から薬師を雇うべきなんですよ!」
「はあ、薬師不足のバルシュ王国で特待生程度の優遇で、ルグラン領までやってきてくれる薬師がいるとでも? いや、それ以上の待遇で雇おうとしても来なかったからこそ、私がコピク王国まで行ったんだろう?」
「そ……それは」
「コピク王国から薬師を引き抜けなかったのは私の失態だ。だが、それに関してマリー嬢は関係ない。彼女は真摯に薬草学を学んでいるただの学生だ」
「と、とにかく! 私は認めませんからね! 初級ポーションがいくら増えたって、国が求める品質にも量にも届かないのですから!」
マルクは言い捨てるように言葉を吐き出して、そのまま部屋を出ていった。
はあ、確かに国からは中級ポーション以上、できれば上級ポーションや特級ポーションの作成を求められているが、それを一学生であるマリー嬢にゆだねるなど浅はかだろうに。
それに彼女は薬師見習いとして活動していたとのことだが、専門的なことは何も習っていない……そんな彼女が薬草学校で学べば将来的にはどうなるかなど、誰にもわからないというのにな。
「あわよくばマリー嬢をマルクの嫁に……とも考えていたが、彼女の幸せを考えれば、この考えは捨てるべきだな」
ルグラン領では薬師が求められている。領主の嫁が優秀な薬師なら……と思っていたが、あそこまで偏見を持っている状態では、マルクの嫁になど到底無理だ。
――――――
父上がルグラン領のためにコピク王国へと薬師を探しに行ったのはいいものの、連れて戻ってきたのは小娘一人だという報告が返ってきた。
ルグラン領が欲しているのは即戦力! 小娘……それも薬草学校に入れるレベルの薬師とすら名乗れないような人間を連れてきて、あまつさえ薬草学校に特待生として入れて滞在費を面倒見るだと!
そう思って父上に抗議に来たら、ゴリゴリの理論武装で論破されたのは俺の方だった。
クソ! 父上はいつまで俺を子ども扱いするのだ! すでにルグラン領の領主は俺なんだぞ!
父上は小娘がルグラン領を救うと信じているようだが、国が求めているのは上級ポーションや特級ポーションを作れる上級薬師。
あるいは、中級ポーションを大量生産できるだけの人材だ。
薬草学校からの報告書では初級クラスに所属して、初級ポーションを作る実習をしているようだが、そんな奴がこの領を救う? おかしな話だ。
「これはこれは領主様。いかがなされましたか?」
薬草学校に顔を出すと、どこで知ったのか受付の人間が颯爽と現れた。
領民の中には俺のことを未だに領主の息子、新領主と扱う人間がいるが、薬草学校は父上が管理しているだけあって教育が行き届いている。
「特待生として入った少女のことを調べていてな。どのような様子だ?」
「ああ、マリーのことですね。これまで独学だったようで、座学は知っていることと知らないことの差が激しいようですよ」
独学だと? 一般として薬草学校に入る人間は親から教わったり、自分で調べたくらいの知識量で入学してくるが、特待生ともなれば実績を積んでいることが当然だ。
「座学は、と言ったな。では実習の方はどうなのだ?」
「実習は素晴らしいですよ。ポーションを作る手際も材料を見極める目もあります」
「ほう? では中級ポーションくらいは作れるのだろうな?」
「……領主様。ポーションとはそんな簡単なものではありません。初級ポーションを作れる者でも手順を踏まなければ危険なのです」
ごちゃごちゃと理屈を言っているが、要するに初級ポーションしか作れない人材ということだろう?
実績もないうえに貴重なポーションも作れない人間を特待生として優遇するなど、父上も老いたものだ。
「説明は結構、手間をとらせたな。俺はこれで失礼する」
「ああっ、ちょっと! 領主様!?」
はあぁ~、父上も薬草学校の人間も甘すぎる! 国が求めているのは、もっともっと貴重なポーションなのだ。
初級ポーションのような平民が欲する品質のポーションがいくら増えようとも、ルグラン領の価値は上がらないし、俺の評価だって上がらない!
クソっ! 次だ! ……確かポーションを売るためには商業ギルドか、冒険者ギルドで鑑定を受ける必要があるな。
だが、俺は商業ギルドのジジイどもと相性が悪い……あいつら、いくらこちらが訂正を求めても新領主・領主家の若君と呼んできやがって、領主になってから1年以上経っているんだぞ!
まあいい、ポーションの販売先なら冒険者ギルドの方が大手だし、たとえ鑑定を商業ギルドで行っても売るのは冒険者ギルドだろう。
「ああんっ! 誰だ?」
「おいバカ、ご領主様だぞ!」
「……ああっ。へへ、すいやせん」
「いい、気にするな」
冒険者ギルドに入ると入り口付近のテーブルで飲んでいた冒険者が胡乱な目つきで俺を見てきたが、俺を敬うつもりがあるのなら気にしない。
冒険者というのは自由だと聞いたことがあるから、きっと彼らは早々に酒代を手に入れて早いうちから遊べる強者なのだろう。
「これはこれは領主様。本日はいかがしましたか?」
受付までいくと受付嬢が、表面上は穏やかに、だが確実に慇懃無礼な態度で俺に対応してくる。
本当に商業ギルドといい、冒険者ギルドといい、国をまたにかけているからって領主を敬いやしない。
「先日、薬草学校の生徒がポーションを売りに来たはずだ。何本売ったのか教えてほしい」
「薬草学校の生徒ですか? そう言われましても、薬草学校の生徒さんはポーションを作ったら大体ここに販売に来ますからねぇ」
「……はぁ。つい先日、特待生として入学した少女だ。マリー……とかいったか」
「……本来なら個人情報に当たるので、教えることはできないのですよ」
「俺はルグラン領の領主だ。寮で販売されているポーションの量を把握する義務がある」
「ええ、わかっていますよ。ですから、教えるのです……マリーさんが販売したのは三本です」
三本! はっ、父上も薬草学校の人間も評価していたから、何本作ったのかと思えば、たったの三本とは!
初級ポーションの三本くらい、薬草学校に通っていなかった俺でも作れるくらいだ!
「……ああ、そうなのか。情報感謝する」
「あっ、ですが、マリーさんが販売したのは……」
「いや! 結構だ! 俺が知りたいのはどのくらいの量が販売されたかだけなのでな」
受付がごちゃごちゃ言ってきたが、どうせ丁寧に作られてたとか、色味が良かったとか、そんな効能には関係ないことだろう。
ポーションを販売する人間は効能だけでなく外見にもこだわるが、使う方からすれば効能が良ければ外見などどうでもいいのだ。
まったく父上も、とんだ外れを引いてきたもんだ。こんなことならコピク王国へ行かせるんじゃなかった。